コラボ作品の部屋

□神官の答えと舞姫の応え
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自分の寝所へと向かっていたサントハイムの神官クリフトは僅かに顔を緊張で強張らせると足を止めた。

小さな金属がぶつかる様な音が聞こえる。

此処は魔界。如何にこの場所が聖なる気で満たされた祠と雖も、一歩踏み出せば魔物が徘徊する深淵なる闇の世界。気を張り詰めておくに越した事はない。

クリフトは背にある宝剣の柄に手を添えながら、気配を消して其方へと近づいた。

しゃらん、しゃら。

先程よりも大きく、金属の音が響く。クリフトは安堵の息を吐いた。そして柄から手を離す。

薄絹と杖のような物を手に一心不乱に舞うのは、マーニャ。

此処まで苦楽を共にした、モンバーバラの踊り子だ。

微笑を浮かべてはいるが真剣な瞳を保ち、指の先まで繊細にしなやかに踊る。

手にある桃色の薄絹は夢の世界に誘うように揺れ、音を出す杖は現の世界へと引き戻す。

マーニャが本気で踊る姿を初めて見た。クリフトは瞳を細める。

モンバーバラの舞姫。世界一の歓楽街が誇る薔薇。

その謳い文句は本当なのだろう。マーニャの踊りは心を惹きつける。

だが其処には異性を魅了するような色気などは無く、そう、単純に美しさのみが存在した。

神に捧げられる踊りがあると耳にした事があるが、このような踊りなのかも知れない。決して穢してはならない、触れれば己が手酷い罰を与えられると思わせる、圧倒的な清廉なる威が其処にはある。





一頻り踊った後、マーニャは肩で息をしながら壁に凭れかかった。そこで初めてクリフトの存在に気付き、苦笑する。

「声くらい掛けなさいよね」

「そう思ったのですが、最後まであなたの踊りが見たかった」

クリフトは少し照れた表情を浮かべると言い難そうに唇を尖らせ、外方を向いた。

「…とても綺麗だったので」

「あんたが褒めてくれるなんてね」

マーニャもまた思わぬ賛辞に照れた顔を隠すように紫水晶の髪を手で梳き続ける。

「舞踊はあたしが一番大切にしている宝よ。御世辞でも、それをあんたに褒めて貰えるなんてね」

「御世辞ではありません。きっとこれ以上の踊りは生涯目にする事は叶わないでしょう」

「大袈裟よ。生きて戻れば、あたしはまたモンバーバラの舞台に立つ。劇場で観れるわよ」

「今の踊りは多分、観れませんよ。踊れるのはこれが最後かも知れない、だがそうならないように神に祈りとこの舞を捧げる、そんな思いと願いを込めた舞いに見えた」

マーニャは一瞬息を詰めた表情を浮かべた後、不安を滲ませた瞳を見せまいと顔を手で覆う。

「…流石にね。五体満足、全員無事に帰れる程甘い戦いでは無いって覚悟しているわよ。相打ちで御の字な戦いになる。あたしだってね…、解ってる」

「……」

クリフトもまた不安を吐き出すような息を吐きながら、空を見上げた。


八人は、これから最後の決戦に臨もうとしている。





Priest's answer and Dancer's respond.





「…アリーナは眠った?」

「ええ。あなたも少しは眠られたのですか?」

「魔力が充分回復する位眠れたわ。最後の戦いだものね…悔いは残さないようにしなきゃね」

マーニャは壁から離れるとクリフトの肩に手を置き、その群青の瞳を見つめる。

「あんたも悔いを残したら駄目よ」

短く告げ、マーニャはそのまま自分に宛がわれた休憩場所へと歩み始める。その背を見つめていたクリフトは暫し躊躇った後、声を掛けた。

「マーニャさん」

「何?」

マーニャは己の肩越しに訝しげな瞳を返す。

「私も悔いを残したくないと思ってしまったのかも知れない。姫様の変わらぬ想いや涙を見た時、心を偽ったまま死を覚悟しなければならない戦いに身を投じる事が出来ないと思ってしまいました」

クリフトは小さく微笑んだ。

「…だから、姫様にお伝えしました」

「え?」

マーニャは胸を抑える。こいつは今、何と言った?苦しいくらいに忙しく動く心臓と震える指先に動揺しながら、マーニャは穏やかな表情のクリフトの真意を見極めようと凝視する。

…伝えた。アリーナに?…何を?……まさか。

「アリーナに何て言ったのよ」

「姫様の事を誰よりも愛していると申し上げてきました」

「…嘘でしょ」

掠れた声で呟くマーニャにクリフトは苦笑する。

「嘘はもう、終わりです」

「だって」

あんたは莫迦が付く位、慎重で。

手遅れになるほど慎重で。

それでも後悔しないと言い切るほどの莫迦で。

きっとアリーナはまだ待ち続ける日々が続くと思っていた。

全てを凌駕する想いを持っていても、この神官は莫迦で不器用だから。

きっと春を迎えるのは遅いと。

勝手に思い込んでいた。

「姫様の状況は何ら変わりありません。寧ろ身分も無い臣下との恋など知れれば、きっとこれまで以上に傷つける事になる。まだ早い事は解っていたのですが…、もう自分の心に嘘が吐けなかった」

「……そう。でも傷つけるのが解っていてもちゃんと言えたのなら答えは…見えたのね?」

「ええ」

クリフトは己の掌を見つめながら笑みを浮かべた。

「答えはずっと昔に姫様が教えて下さっていたのです。傷付いたら癒せば良い。私は神より癒しの力を賜った神官、なのに愚かにも傷付かないようお護りする事ばかり考えていた」

「やっぱり駄目よ、駄目!」

突然叫ぶマーニャにクリフトは瞳を丸くする。

そんな神官にマーニャは嬉しそうな笑みを返すと、何時もの様な快活な声を発した。

「相打ち覚悟の戦いなんて後ろ向きな真似、する訳にはいかないわ!何が何でも勝って、皆で笑顔で元気に帰らなくちゃ!こんな所で負けてる場合じゃない、あんた達にはこれから幸せになる為の戦いが待っているんだから」




END

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