コラボ作品の部屋
□花冠
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募る恋心は、貴女と紡ぐ時間の中で陰を落とす。
「スライムって、意外と強暴なのね」
魔物との戦闘を終えたサントハイムのアリーナ王女は、額に浮かぶ汗を鞣し革に覆われた手の甲で拭いながら笑う。
「城門兵が何時も槍先で簡単に追い払っているじゃない。向かって来る事があるなんて思わないでしょう?」
彼女の教育係でもある老魔術師ブライは何事か言いたそうに口を窄める。
城の中が世界の全てと思っているのは、世間知らずの証拠。
恐らくその様な意味の台詞を口にしようとしているに違いない。自身の感想もそうだった為に素早く反応する事が出来たサントハイムの神官クリフトは、話題を変える事で無駄な口喧嘩を回避する方法を試みる。
「姫様。今姫様の目の前に二本の街道がありますが、本日の目的地に行くにはどちらに進むべきだと思いますか?」
「…んー、こっちかな。たぶん、こっちの道が北街道だよね?」
右手の道を指差すアリーナにクリフトは微笑み頷いた。アリーナはほっとした笑顔を見せる。
「北街道は私達が見た事のない魔物も出没すると聞きます。街道には魔物除けの聖水も掛けてありますが、気休め程度です。油断はなさらないよう、単独行動は慎み……」
「解っているわよ、任せて!…、あ、可愛い花が沢山咲いてる!」
街道を逸れ、花畑に近づくアリーナの背にクリフトは溜息を吐いた。言っている側から、これか。
「…クリフト、姫様も暫くは意地でも城には戻らんじゃろう。しっかり監視せよ、万一の事があってはならぬ」
燥ぐアリーナの背を見つめたまま、ブライが囁く。クリフトもまたアリーナの背を見つめたまま頷いた。
「…重々承知致しております、ブライ様」
「必要に応じ、姫に触れる事も王に代わって儂が許可する。それと場合によっては…、解るな?」
「はい」
場合によっては、己の身体を盾とし、姫様を守る。
「…ま、そうせずとも良いに越した事はないのじゃが、お互い……覚悟はしておくべきじゃ」
flower crown
ブライは手頃な岩に腰掛け、クリフトを促す。
「ほれ、姫を呼んでこい。宿場町には日が暮れる前には到着しておきたい」
「承知致しました、ブライ様」
生真面目な神官が頭を下げるとブライは薄く笑った。
「…慇懃じゃの。儂らは旅の身、身分を悟られる行動は人前では御法度じゃぞ。危険なのは魔物だけでは無い」
「はい、…老師様」
「うむ、それで良い」
クリフトはひとつ頷いた後、姫君に駆け寄る。
一人静かにしていると思ったら、花冠を作っていたらしい。その出来栄えは悪い、姫が不器用なのも理由の一つであろうが、このような事をする経験に乏しいから、というのも理由に加えても問題無いであろう。
「見て、花冠!」
アリーナは嬉しそうに帽子を脱ぐと代わりに花冠を乗せた。正装時に銀冠を乗せている時には殆ど見られない笑顔にクリフトは苦笑する。
「何よ、そんなに似合ってない?」
「とんでもない」
アリーナの前にしゃがみ込んだクリフトは笑顔で否定する。緩やかに広がる亜麻色の髪を縁取る生き生きとした花冠は元気な彼女の為に存在するようだ。
「良くお似合いです」
花嫁さんみたいですよ。続く筈だったその言葉は飲み込んだ。
王女は知らないだろうが、慎ましく暮らす民の殆どは生涯に一度の婚礼であろうと純白のドレスとヴェールを身に纏う事は無い。精々継接ぎの無い服で、野に咲く花で拵えた花冠とブーケを準備する程度。
だが、若さのみでも美しい女性達は、簡素な物であっても人が羨む花嫁となる。
そして、その花嫁達の年齢はアリーナと然程も変らない。
「…どうかした、クリフト?」
アリーナは心配そうに眉を寄せている。
「さっき迄笑顔だったのに…、顔色が悪いよ」
「いえ…、大丈夫です」
安心させる為に微笑もうとしたが、顔が強張って上手くいかない。クリフトは口元を歪めながら俯いた。
急にアリーナにとっても婚礼は身近な物であると認識させられた。
王の厳命を破り、城を出奔したのだ。戻れば其れ相応の戒めとして『婚礼』という形で城に閉じ込められる可能性もある。
「……姫様」
顔を上げると何が悪かったのか解らず不安そうな王女と目が合う。
「ブライ様は貴女を城に連れ戻そうとなさっています」
「…知っているわ、その為に爺は此処に居るんだもの」
「……そうはさせません。どんな手を使ってでも私が阻止します。貴女が城に戻りたいと仰る日まで戻らない」
貴女が自由と引き換えでも良いから安全で甘美な世界に戻りたいと仰るまで。
若しくは、貴女が自由の果てで何かを得、戻るべきだと仰るまで。
「…クリフトは私の味方って事?」
「残念ですが、違います」
クリフトは微笑むと立ち上がり、アリーナに右手を差し出した。
「行きましょう、姫様。次の宿場町までもう少し歩かねばなりません」
「……。一人で立てるわ」
アリーナは僅かに思案した後、花冠を脱ぎ捨てる。立ち上がり、ブライの元へ駆けるアリーナの背を見送った後、クリフトは捨て置かれた花冠を一瞥し、呟いた。
「…そう易々とは誰にも渡さない」
募る恋心は、貴女と紡ぐ時間の中で陰を落とす。
私の中の醜い欲に色を付けて。
end.