導かれし者たちの短編

□導かれし者たちの沈黙
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星も月もない夜、周囲すべてを飲み込む闇の中、オレンジ色の蝋燭の火を囲む、八つの背中がありました……。



「……そしてついに勇者ロトは覚悟を決め、ゆっくりと振り返りました。

暗闇から現れたのは、ねばねばと体液をほとばしらせる無数のマドハンド、

またマドハンド、さらにマドハンド、もひとつマドハンド……」

「きゃああああ!!」

マーニャが泡を吹いて卒倒した。

「姉さん、姉さん!」

「マドハンドは嫌よぉ……増える、増え続けるわ……。

ABCDEFGH次々に出現して……あ、あたし、マドハンドZまで見たことがあるのよ!」

「それだけではありません」

低い声で語るクリフトの瞳が光った。

「追いうちをかけるように現れたのは、不気味に小首を傾げたパペットマン。

パぺパぺパぺパぺパペットマン。十回言えたらここを通してやる、そう叫びながらふしぎなおどりを踊り、

上手く言えず噛みまくった勇者ロトは、ついにMPが0になってしまったという……」

「ぐおお、なんと恐ろしい!」

ブライが胸を押さえてうずくまった。

「MPが0になってしまっては、わしゃ一体どうすればよいのじゃ!

ただでさえずっと馬車に放り込まれて、装備も「どくがのナイフ」で止まっとる!」

「ブライ!駄目よ、落ち着いて!このところ血圧が高かったのに!」

「もう止めましょう、クリフトさん」

トルネコが丸い巨躯をすくませた。

「第一回導かれし怪談王決定戦チャンピオンは、貴方ということで構いませんから」

「ですがこの話の一番の恐怖に、まだ辿り着いていません」

「せ、拙者はちと厠に。そろそろホイミンとTwitterする時間であるし」

ライアンがそそくさと席を外した。

クリフトは黙ってそれを見守ってから、傍らの少年に向き直った。

「勇者様。わたしはこの話を、特に貴方に聞いて頂きたいのです」

「俺?」

少年は青ざめた。

「なんで俺なんだよ。俺、別に怪談とか怖くねえし」

「そうですか?」

クリフトは薄く微笑んだ。

「その割には顔色がよくありませんね。それに、手が震えているようですが」

「か、顔色が悪いのは元々だろ。貧血気味なんだ。

毎日アルフェミニ飲んでるけど治らなくてな……って、余計なお世話だ!

それにこの震えは、高橋名人の16連打の練習をしてるからだ」

「16連打など、現代ではもう必要ない技でしょう。

「BUGってハニー」はとうに終わり、PCエンジンが人気を博した時代でもありません」

「ハドソン発ゲームが好きだったんだ。忍者ハットリくんもドラえもんも冒険島も、みんな持ってた」

「勇者様」

クリフトは少年の肩に手を置いて、首を振った。

「わたしたちは皆、エニックスの出身です。たとえ合併してスクウェアエニックスとなろうとも、

わたしたちを生んだ母なる存在はあくまでエニックスであり、貴方は冒険島より、ドアドアやポートピア連続殺人事件をプレイするべきだった。

ちなみにポートピアの犯人は、ヤスです」

「悪かった」

少年は珍しく頭を下げた。

「悔しかったんだ、いつまでもエニックス物にハマって時代遅れ扱いされるのが。

SFCに移行する間に、FF人気がドラクエを凌駕しようとするのを認めたくなかった。

FFWあたりから、やばいなと思った。セシルは男の俺が見てもかっこよかったからな。

人間と異界人のハーフってのは俺と同じだが(くよくよしてるのも俺と同じだが←小声)、

いくらなんでも、ゲーム中盤で暗黒戦士からパラディンに転職はずるいぜ。

少年ガンガンが発刊された時、もっとやばいと思った。

おいおい、雑誌作ってる暇があったらもっとゲーム制作に力を入れろよと思ってしまった……」

「結果オーライです。発刊当初こそ危うかったものの、今ではハガレンなど不朽の名作を生み出しているではありませんか」

クリフトは優しく目を細めた。

「貴方だって南国少年パプワ君や、ハーメルンのバイオリン弾きにハマったクチでしょう?」

「魔方陣グルグルもな」

「FFとドラクエは、今やライバルではありません。

作品の方向性が明確に違いますし、ひとつのメーカーが胸を張って打ち出す、ゲーム界の強力な二枚看板なんですよ」

「じゃあ今でもスクウェアエニックスという社名に、キリンアサヒとか、トヨタニッサンくらいの違和感を感じている、俺の懐が狭いのか」

「過去にこだわっていては、明るい未来は見えません」

「わかった。認めるよ。次回作はWiiだし、DSもいよいよ3Dになる。任天堂とも仲良くしておかなければならない。

メーカーがどこだとか、最近レベルファイブに製作委託し過ぎとか、もうどうだっていいことだ」

勇者の少年の表情が明るくなった。

「それにいつか俺も、リメイクのさらにリ・リメイク版発売なんてことになり、

CGアニメと音声付きで喋ったりする日が来るかもしれねえもんな」

「ま、それはないでしょうが……ドラクエは既成の物語と想像力を重ね合わせる世界。

主人公は画面の中ではなく、プレイヤーの心で喋るのです」

「なんとでも喋ってやるさ、皆が思うままに」

その時、勇者の少年ははっと辺りを見回した。

いつの間にか他の仲間たちは姿を消し、自分以外の誰一人周囲にいない。

「な、なんだ?急にどうして」

「勇者様」

クリフトの囁きが、闇から陰々と響いた。

「貴方は数々の艱難辛苦に見舞われど、その実とても恵まれたお方。

さきほどの怪談の一番の恐怖を、お教え致しましょう。

マドハンドとパペットマンに倒されてしまった件の勇者ロトは、たったひとつ致命的なミスを犯していました。

それは何かというと……」

ピカッと稲光が突き抜け、凄まじい雷鳴が轟く。

「彼はなんと、ルイーダの酒場に行くのを忘れていたのです!

自らの装備に所持金全てをつぎ込み、たった一人で冒険の旅に出かけてしまった。

つまりカンダタ……ではなく、カンダタそっくりの驚きビジュアルの父、オルテガと同じ轍を踏んでしまったのですよ。

忘れてはいけないのです。例えどんなに強い伝説の勇者であろうとも、

ピンチを乗り越えるには、必ず仲間の力が必要だということを!」

「うう……」

頭が割れそうに痛み、少年はその場に崩れ落ちた。

「お、俺は」

「貴方はルイーダの酒場に行ったことがありますか?

見ず知らずの他人に頭を下げて、どうか仲間になってくれと頼み込んだことがありますか?

傷心を引きずってめそめそうろついていた所を、わたしたちに声を掛けられたのではありませんでしたか?」

囁きが残響を伴って、勇者の少年の鼓膜を突き刺した。

「もっと感謝しなさい。独りじゃないことを。

仲間が自然と集まって来る、自分はなにより幸せ者だということを、心から噛みしめなさい!」

「わ、悪かった。俺が悪かった……、

……ん?」

勇者の少年ははたと顔を上げた。

「ちょっと待て。俺が仲間たちに共にいてもらっていた頃、

ひとり病気を患って「うーん、うーん」と情けなく寝込んでたのは誰だ?」

暗闇がギクリと身を震わせた。

「えー、で、ではわたしはそろそろ姫様の所へ」

「待て、クリフト!神官……いや、北米版ドラクエでは「秘書」クリフト!」

少年は力を得たように立ち上がって腕を組み、せせら笑った。

「お前の職業はな、海外じゃ宗教問題に引っかかるらしく、発売する国によって肩書きが違うらしいぞ。

それに公式設定では、お前がミントスで患った病の正体は、

なんと「はしか」だそうだ!」

「な、何故それを……!」

クリフトは蒼白になった。

「お前こそ、今こうしていられることにもっと感謝したほうがいいんじゃないのか?

ザキザキザラキの悪魔神官でも、こんなに人気があるのはどうしてだ?

ひとえに主人のアリーナを好きだという、超強力萌え設定のおかげだろう!」

「うう……なんと恐ろしい」

クリフトはがくりと膝をついた。

「まさかの反撃を仕掛けて来るとは……アルゼンチンに圧勝したドイツ並みのカウンター力です。

さすが、天空の勇者様」

「というわけで、真の怪談チャンピオンは俺だ」

「待て!」

不意に闇からもうひとつの声が飛んだ。

「まだまだ甘いな、貴様ら愚かな人間は。

最も恐ろしいのはこれだ!」

クリフトと勇者の少年は、驚愕に言葉を失った。

そこに立っていたのは、見るも厭わしい姿だった。

苔むした岩塊のような黒緑色の体、不気味な突起に覆われた鱗状の皮膚、そして頬まで裂けた邪悪な口。

血管の浮いた下腹部がもこもこと隆起しては、筋張った裂け目が小刻みに躍動する。

「うわあああ!は、はらがあやしくうごめいている!なんと恐ろしい!」

「解るか、元来美形だった者がこうまで醜悪に化けるという、ラスボスあるあるの恐ろしさが。

だから美しく復活した上においしい所を全部持っていける、六章の追加にわたしは非常に感謝している!」

「てめえ、デスピサロ!」

勇者の少年は剣を抜いて高々と宙に飛び上がった。

「俺は認めねえぞ!たとえエルフ好きの長耳フェチが同じだとしても、

俺は絶対に、お前を仲間とは認めん!今すぐぶっ殺す!」

「望むところだ。来い、小僧。決着をつけてやろう!」

勇者の少年と魔族の王は、どすんばたんと格闘しながら闇の中へ消えた。

「お、置いて行かないでください」

クリフトは不安げに辺りを見渡した。

「こんな時にマドハンドでも出たら、どうするんですか……」

「大丈夫ですわ」

そのとき暗闇から、か細い声が投げ掛けられた。

「ご安心くださいな。きっとマーニャさんは、お酒に酔いすぎて幻覚を見たのです。

何故ならマドハンドは、ドラクエWにだけは一切登場しません……!」

「うわあああ!何故なんだ!恐ろしい!!」

クリフトは悲鳴を上げて、一目散に走り去った。

「……」

静寂の中現れたのは、手にDSiLLを抱えたロザリーだった。

「モンスターズのマドハンド、じゃんけん強いんですけどね……。

いくらやっても勝てませんの、ピサロ様……攻略本買ってくださいませ」

ルビーの涙がぽろりとこぼれ落ちて、砕け散った。







恐怖とは、遠きにあるほど故なく強まるが、近きに迫るとそれほどの実体はない。


真の眼を持って見よ。



――――ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ





―FIN―





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