導かれし者たちの短編

□光の朝、傍で
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「魔物を斬る瞬間、肉を断つ手応えが腹まで伝わって来る」

勇者の少年は目を伏せて言った。

「吹き出す血や崩れる身体を見ていると、こうして皆も殺されていったんだと思う。

苦しみながら泣き叫びながら、みんな殺された。

俺の大切な奴等は、独り残らず全て。

あんなに笑ってたのに、毎日静かに、ただ穏やかに暮らしていただけなのに。

皆が無抵抗に殺されて行く間、俺は地下の倉庫で酒樽に囲まれて、扉の隙間から悲鳴を聞きながら、赤ん坊みたいに不様に震えていただけだった。

みんな俺のせいだ。俺さえいなければ、誰も死ぬことなんてなかった。

父さんはきっと、今日も釣りをしてただろう。

下手くそでいつもろくに釣れやしなかったけれど、川べりに座ってうたた寝するのが、すごく好きだったんだ。

母さんの作る弁当は、いくつだって食べられるくらいうまかった。いつもシンシアと二人でつまみ食いした。

優しくて、でも厳しくて、曲がった事は決して許さない自慢の両親だった。

それが父さんも母さんも、実は俺の本当の親じゃないんだってさ。

よりによって、最後の最後に交わした言葉がそれだ。

じゃあどうして父さんと母さんは、実の子供でもない俺のために死ななきゃならなかったんだ?

どうして俺のせいで、シンシアは身代わりになって死ななきゃならなかった?

俺のせいで皆が死んだ。


俺さえ、俺さえいなければ、誰も」

はっ、はっと、呼吸が再び荒く乱れ始める。

クリフトは駆け寄り、苦しげに折り曲げた身体に腕を回して背中をさすった。

「勇者様」

「勇者なんかじゃない」

血だらけの手負いの獣の咆哮のような、悲痛な叫びが漏れる。

「俺は勇者になんかなりたくなかった。誰にも死んでほしくなんかなかった。

なあクリフト、苦しいんだ。

身体がばらばらになりそうで、息を吸うのも辛い。

朝日を浴びることも、大地を踏み締めることも、なにもかも俺だけが今この世界に生きていることが苦しい。

逃げ出したい。戦いたくなんかない。

世界なんか救いたくないんだ!」

叫ぶと破裂してしまいそうなひびだらけの感情を、必死に抑え込むように口をつぐむ。

「……でも、駄目だよな」

一瞬の沈黙の後、ぽつりと落とした力無い言葉に、傍らに寄り添う神官はそっと首を振った。

「世界なんか救わなくたっていい。どうか、自分を追い詰めないで下さい。

今貴方が救うべきなのは世界ではなくて、貴方自身のそのお心です」

「いかにも聖職者の言いそうなたわごとだな」

不意に苛立ちが込み上げ、少年は鼻先で冷たく笑う。

「役にも立たない神様とやらの、最もらしい気休めを言えばいいとでも思ってるのか」

「そうではありません」

蒼い目の神官はにこりともせずに言った。
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