導かれし者たちの短編

□未来
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「やれ、女のように美しいかんばせを持ちながら、意外と石頭だな。痛い」

勇者の少年の頭に振り下ろした拳にふうっと息を吹きかけると、ライアンはなにごともなかったように続けた。

「どうだ、皆々がた。ご覧の通り、この生意気な勇者殿は根っからの無口というわけではない。

日頃は石のようにだんまりを決め込んでいるくせに、反抗する時だけはカササギのように能弁になれるようだ。

なればその身の内に隠した三寸不爛の弁術を、ぜひ有効活用してもらおうと思うが、いかがであろうか」

「どういうことです?」

興味深げにミネアが聞いた。

その唇には、好奇心を抑えきれない微笑みが浮かんでいた。

「ライアンさん、貴方は勇者様にこれから何をして頂こうと?」

「戦いの先導だ」

ライアンは敢然と言い放った。

「旅の仲間に加わってから感じていたが、この一行は各々が高い能力を持ちながら、戦いの際にまったく戦術を組んでいない。常に、好きなように自身の力を駆使している。

これまではその個人主義も通用したかもしれぬが、魔物が強大になり、旅が困難を極めるにつれて、それでは立ちゆかなくなる。

作戦を立てること、攻撃、守備、回復の役割分担を図ることが非常に重要になる。

その作戦を練る者……つまり剣士でありながら、我々に戦術を呈する策士の役目を、勇者殿に果たして頂くことにしよう」

「俺が?」

勇者の少年はがばっと顔を上げて、信じられないという目でライアンを見た。

「どうして、俺が」

「なんだ、不服か?そんなことは己れごときの技量では無理だ、どうしても出来ぬと白旗を上げるなら、諦めてやってもよいが」

ライアンは挑発するように、少年を真っ向から見下ろした。

「食事もまともに取らぬ、ろくに口も聞かぬ。いつも集団の和を乱しては、仲間の意向を無視した単独行動ばかり。

これでは確かに、皆が匙を投げたくなる気持ちもわからなくはない。

だがおぬし、それで満足なのか?先ほどのブライ殿の言葉を聞いたか。めくらめっぽうに怒りを覚えるだけではなく、投げられた言葉の意味を考えよ。

よいか、おぬしの狭量な振る舞いが貶めるのはおぬしひとりだけではない。

おぬしは独りで生まれ、独りで生きて来たわけではない。

おぬしの愚かさはおぬし自身を貶めるだけではなく、おぬしを育てた家族、故郷をも貶めることに繋がるのだぞ。

愚か者よ、卑しき身よとそしられて腹に据えかねるなら、己れ自身の力で、一度くらい皆を見返してみたらどうだ?

もしも目的のため、どうしても仲間のもとを去りたいと言うのならば、これまでの借りを返した後でもよかろう。

犬ですら一宿一飯の恩を返すというが、おぬしはその度量も持たぬか」

「ふざけるな。そのくらい出来る!」

勇者の少年は怒りに頬を紅潮させて、ライアンを激しく睨みつけた。

「いいか、二度と俺の故郷のことを軽々しく口にするな。

俺がどれほど馬鹿にされようと構わないが、家族や育った村を言われもなく傷つけるのだけは、絶対に許さない。

先導者だか何だか知らないが、やってやろうじゃねえか。

俺が戦いの作戦を立てればいいんだな。見てろ。これまでのお粗末な戦ぶりは何だったんだってくらいの、計算された巧術を披露してやる」

「ほう、それは楽しみだな。天空の勇者の深謀遠慮、お手並み拝見と行こうか」

その時、ライアンの端正な口髭に隠された唇がかすかにほころんだのに気付いたのは、真正面に座っていたミネアだけだった。

(あれほど硬い氷で己れを覆っていた勇者様から、いとも簡単に感情を引き出し、あまつさえ軍師役を務める約束まで取りつけてしまった。

勇者様はこれまでのように勝手な振る舞いは出来なくなるし、仲間たちの戦いにも細かく気を配らなくてはならなくなる。

必然的に、皆との会話が増える。コミュニケーションを取らなければ、集団の旅は上手く行かないことを思い知らされる。

そして戦術を組むと決めた以上、それは勇者様だけではなくわたしたちの方も。

……いったい、一番の策士は誰なのかしら?)

じつはこの中で最も狡猾なのは、勇者の少年でも誰でもなく、武骨な容姿に繊細な知己を隠した王宮戦士らしい。

緑色の目をした少年と雄々しき壮年の戦士は、周りを囲む仲間の注視などまったく気にならないように、互いをひしと睨み続けていた。
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