導かれし者たちの短編

□星を視る者、漂う者
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「あ、あの……ではせっかくですから、一緒に隣の酒場にでも行きませんか。

いくらなんでもまだ、眠るには早いですし」


勇者の少年とのあいだに張りつめた重い沈黙が、まるで侵入者を押しつぶす洞窟の石壁のように、ぎしぎしと迫って来る。

気まずさが頂点に達し、ミネアは必死に作り笑顔をこしらえて言った。

「酒場?」

勇者の少年は意外そうに眉を上げた。

「お前、酒を飲むのか。ミネア」

「い、いいえ。霊感を鈍らせるし、普段はなるべく口にしないようにしています」

だったらなぜ、という表情を浮かべた少年に、心の中で(そうでもしなきゃ、間が持たないからですわ!)とこっそり叫ぶ。

コナンベリーの港祭りはきっと、夜を徹して行われるだろう。仲間たちの帰還も、おそらくそう早くはないはずだ。

その間ここでこうしてこの無愛想な少年とふたり、石のように黙りこくって暇をやり過ごすことは、内気なミネアにはとても耐えられそうもなかった。

導かれし者たちで旅を始めてもうだいぶ経つが、ミネアは勇者の少年とふたりきりで過ごしたことが、まだない。

旅の当初は少年と自分と姉のマーニャとの三人での行脚だったが、出会ったばかりの彼は今以上に剣呑で、人を寄せつけない空気を全身で発していた。

だが、良く言えばいつも明るく、悪く言えばまったく空気を読まない姉のマーニャは、そんな彼の態度にもまったく臆することなく陽気に話しかけたので、三人の間に気づまりな沈黙が落ちることはなかったのだ。

だから、困る。

こんなふうに姉さんがいない所で、勇者様とふたりきりにされても、一体なにを話せばいいのか全然わからない。

勇者の少年はつとミネアから目を逸らし、迷うように視線を足元に落としたが、やがて顔を上げて頷いた。

「ああ、いいよ。行こうぜ」

(ええっ?!行くんですか?)

自分から誘っておいて、ミネアは心底驚いた。

どうせ、いや、いい、と断られるだろうと思っていたのだ。また、そうして欲しくもあった。

誘ったのはあくまで社交辞令で、一度断られたら後はお互い好きなようにひとりの時間を過ごせる、彼もきっとそうしたいだろうと、考えたのだ。

だがミネアの予想に反して、美貌の少年はすたすたと帳場を通り過ぎ、外へ続く扉を開けた。

整った横顔はいつもと変わらず冷たく、彼が何を思って自分の誘いを受けたのか、その表情から窺い知ることは出来ない。

外に出ると、辺りは既に真っ暗だった。

夜露を含んだ風が、昼間と同じ格好のままのふたりに吹きつける。衣服からはみ出している肌から、みるみる体温が奪われていく。

少年はぶるっと身を震わせたミネアに気付くと、なにも言わずにくるりと踵を返して一旦宿に戻り、なにかを手にして戻って来た。

無言で、ミネアに向かって投げる。

ミネアはそれを胸の前で両手でキャッチし、ふたたび驚いた。

温かい絹のローブ。宿で無料で貸し出している、女性ものの防寒用外套だ。

「あ、ありがとうございます。勇者さ……」

あわてて礼を述べようとしたが、その時もう勇者の少年はミネアに背中を向け、だいぶ先の方へさっさと歩いて行ってしまっていた。
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