導かれし者たちの短編

□郷里への土産
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「ポポロは今日、学校で新しい数式を覚えました」

「ポポロはこの一年で、人差し指一本分も背が伸びました」



ある時期までは、息子の成長を書きとめた文面といっしょに、彼の描いた絵や、手作りのドングリの人形などが同封されていたのだが、いつのまにかそれも絶えてなくなった。

代わりに送られて来るのは、今や妻が女主人としてそのほとんどを切り盛りする、エンドールの預かり所、兼商店の収支報告。

「今月の売り上げは、先月の三割増しでした」

「新商品の売り上げも好調です」

「もっと仕入れ量を増やせと言う問屋と、交渉の度に丁々発止ですが、わたしは現状維持の持論を崩すつもりはありません」

「来月もこの調子で売るつもりです」

「では、また」


………。



儀礼的な文章ばかりが並んだ手紙を閉じて、導かれし者たちの一人、商人トルネコはひきしぼるようなため息をついた。

丁寧に元通りに折りたたみ、熱さましの冷たい手拭いのように、額の上にぽんと乗せる。

朝日が眩しい川べり。

一日の始まり。

絶え間ない水音は和やかで、すこし離れた樹木の袂に馬車が佇み、白馬パトリシアが草をはんでいる。

仲間たちはまだ眠っているのか、東の山嶺をすっかり朝日が覆っても、誰ひとり岸辺に張ったテントの中から出て来ない。

トルネコは草むらにごろりと寝ころんだ。

そのまま目を閉じると、額に乗せた白い便箋から、文字に書かれていない彼女のほんとうの心が流れ出て来るような気がした。



……ねえ、あなた。

次はいつ帰って来るの?

天空の勇者様のお供をすることが、本当にそんなに大事なの?

あなたは他の皆さんのように魔法を使えるわけでも、剣の腕が優れているわけでもない、ただの街角の商人。

この世界を救うためだと言うけれど、あなたひとりが加わったくらいで、世界のためにいったい何が出来るというの?

賢いポポロは父親に会えないことに、愚痴ひとつこぼさない。

でも賢い子供ほど、じょうずに我慢するやり方を知っている。

我慢は本人の気付かないうちに、ひびの入ったコップみたいに知らず知らず中身をこぼし、最後には彼が欲しいものも欲しかったものも、水が渇くように跡形もなく消えてなくなってしまう。

あなたは自分の子供の一番かわいい時期を、平気な顔して見逃しているのよ。



「平気な顔なんて、していないんですけどね……」

中に書かれていなければいないほど、痛切な訴えを放つ妻ネネからの手紙を読むのは、朝起きたばかりと決めている。

夜読むと、眠れなくなるからだ。

息子の成長をぴたりと書いて来なくなった、妻の意地めいたものに腹が立ったり、いや、やはりこれほど長い間家を留守にしている、自分のほうが悪いのだと反省したり。

それでも、離れていても心は繋がっているなんて思うのは、身勝手な男の口にする綺麗事にすぎないのだろうか。

遥かエンドールにたしかに続いているはずの空を見上げ、ぽつりと呟いた。



ネネ、ポポロ。

お前の夫は、父さんは、戦っているんだよ。

旅に出て、これまで売りさばいていただけの武器を無我夢中で振り回し、なのになぜかちっとも痩せないこの身体に必死で鞭打って。


誇りを持って、戦っているんだよ。
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