導かれし者たちの短編

□郷里への土産
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妻は咎めるけれど、例え魔法や剣の腕を持たずとも、この旅の一団には自分の存在が不可欠だ。

それは商人として抜け目なく生きて来た己れだからこそ、痛いほどわかっていた。

複数の人間が集まって長く共に過ごすのに必要なのは、なにも剣の強さや魔力ではない。

協調性、調和力。

和を以って貴しとなす、集団統率力だ。

だが、この導かれし仲間たちときたら年齢も性格も見事にばらばら、例えは悪いが種類のまったく違う動物が、無理矢理いちどきに寄せ集められたようなもの。

方々を向いた一同の心を誰かが掌握し、協調させる役目を負わなければならない。

とはいえ、立場的にこの旅の先導者であるはずの天空の勇者が、むしろその点において一番問題だった。

山奥の村出身の、緑色の目をした美少年。

反抗心と理由のない焦りに苛々と唇を噛む、思春期街道真っ只中の17歳。

男は三年に一度笑えばいいということわざを実行しようとでもしているのか、この少年はとにかく無口で愛想がなく、他人に配慮しようという意識は皆無である。

天空人と人間の混血という数奇な生まれを持つ彼は、人里離れた隠れ村で、外の世界をまったく知らずに育った。

顔はひたすら綺麗だが、その美しさも行く先々で悪目立ちするだけ、世間知らずは本人の罪ではないとしても、買い物の仕方から宿の泊まり賃、自ら装備する武器の値段すらろくに知らない。

生来の無表情であまり感情を表に出さないが、大きな街に入るたび、都会の繁華ぶりに内心ひどく驚いていることに、トルネコはちゃんと気付いていた。

要は、まだ何も知らない子供なのだ。

そしてその他の仲間の一組、西の大国サントハイムからやって来たという老若男女三人、アリーナ姫御一行も問題だった。

うら若き王女が城を飛び出してきたと聞いた時は、そんな童話のような話が実際にあるのかと驚いたが、はっきり言って高貴なお姫様ほど、下々の民にとって扱いにくいものはない。

幸いにもアリーナ王女は、およそ気位の高さなど持ち合わせない竹を割ったような気性の姫君だったが、こちらも勇者の少年同様、特殊な育ちゆえの世間知らずはどうしても否めない。

それに彼女本人より、その後ろに付き従う老魔法使いブライと神官クリフト、これがまた厄介だ。

ブライは王女と対照的に、特権意識の塊のような老人で、なにかと言えば鼻持ちならない差別意識を振りかざすこと、地獄の九官鳥のごとし、である。

そしてもうひとりの従者クリフトは、誰が見てもわかるほど王女にめろめろに惚れており、戦いでも回復でも、どのような状況においても姫様第一!を徹底的に貫く。

その多彩な白魔法や豊富な薬学知識から、もともとは非常に優秀な神官なのだろうが、恋する王女のこととなるととたんに冷静さを失い、他が一切目に入らなくなるのには困りものだった。

奇妙でアンバランスな三人組、足並みを揃えさせるのもひと苦労。

さらにもうひと組、モンバーバラからやって来た美貌のジプシーの姉妹、ミネアとマーニャ。

このふたりには、トルネコはじつのところあまり必要以上に近付かないようにしている。

勿論仲間としては気に掛けるものの、もしも世界平和を言い訳に、美人とやたらいっしょにいるとでも郷里のネネの耳に入ろうものなら、手紙どころか三下り半を突き付けられる羽目になってしまうからだ。

たとえ導かれし仲間であろうとも、独身の女性には三歩引いて接する。

それが妻帯者としての自分の節度だと思っている。

そのくせ、女性の気分は変わりやすい。先導者たる勇者の少年がああして頼りにならないのだから、年長者の自分が率先して気を配らねばならない。


……総じて、ため息。

他人の寄せ集めの大所帯は、とにかく毎日が寄るとさわると、衝突と騒動の繰り返し。

あっちをなだめ、こっちを励まし、場を盛り上げ、引き締め、商人ゆえ空気を読むことには長けているつもりだが、それだって毎日続くと疲れる。


すごく疲れる。


ネネ、ポポロ。


お前の夫は、父さんは、これでも意外と大変なんだよ。



そんななか、唯一トルネコが無心に頼ることの出来る存在がいた。

あぶくのようにたえず湧き出る悩みや、吐き出してもなお喉をすべるため息を、莞爾とした笑顔で受け止めてくれる仲間。

「どうなされた。トルネコ殿。

朝から浮かない顔だ」

緋色の鎧は、彼自身の剛毅清廉な気性を表わすかの如く、炎と同じまばゆさをまとわせる。

トルネコの顔がわずかに輝いた。

「ライアンさん」

「御夫人からの手紙か。羨ましい。ひとり身の拙者には目の毒だな」

バドランドの屈強の王宮戦士の唇が、瀟洒な口髭の奥で、にこりとほほえんだ。
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