導かれし者たちの短編

□導かれし者、夢を買う。
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「クリフトさん、クリフトさん。

どうですか、あなたも買いませんか?」



その日に限って、導かれし者たちのひとり、商人トルネコが自分のみ宿の最上階の一等客室を取りたいと主張したものだから、なにかあるなとは思っていた。

いかに貴き王家の姫君を冠する旅とはいえ、神隠しに遭って現在もぬけの殻状態の祖国から、食糧や金銀の送り届けがあるわけでもない。

道中必要な路銀は全て、自分たちの力で賄う。当然、無駄遣いはもってのほかだ。

でも、欲しいものに思い切ってお金をつぎ込んで手に入れて、それが果たして無駄かどうかなんて、買ったばかりの時点で誰がそうと言いきれる?

買わなければよかった、という失敗はいくらでもある。

でも、どうしても欲しいものは今、目の前にある。



期待や希望や喜びや、お金では手に入れられない付随物がついて来る夢なら、なおさらのこと。










〜導かれし者、夢を買う。〜












「さあ、どれがいいですか。

華奢で庇護欲をそそられるスレンダータイプに、恥も外聞もなくごろごろ甘えてみたい、ダイナマイト爆裂ボディもありますよ。

ワンショルダーでだっだーん、ぼよよんぼよよんなんてのも。ははは、いやはやこれはちょっと古い例えでしたね」

夕食を済ませたら早急にわたしの部屋に来て下さい、と言われて、なにか重要な情報でも掴んだのかと、神官クリフトは取るものもとりあえず、宿の最上階のトルネコの部屋に駆けつけた。

姿を消した愛するサントハイムの民を救う手掛かりであれば、たとえどのような艱難(かんなん)辛苦を伴う話であろうとも、喉から手が出るほど知りたい。

……はずだった。

だが、ノックもおろそかに部屋に飛び込むと、こうこうと炎の灯る暖炉のそばでトルネコが満面の笑みを広げており、傍らのテーブルには一面、大振りの羊皮紙が幾枚も広げられている。

黄色みを帯びた羊皮紙からは、乾いた顔料と油の独特のにおいが漂う。

目を凝らしてよく見ると、そのひとつひとつに丁寧に色を塗られた絵が描いてあった。

クリフトはぎょっとした。

「な、な、これは……!!」

「やあ、クリフトさん、いらっしゃい」

商売用の鎖付き丸レンズを片方の目に嵌め、「お客様は神様です」と書かれたはっぴを着たトルネコが歩み寄って来て、クリフトの肩をぽんぽんと叩いた。

「お越しを、首を長くして待っていました。迷える飢えた子羊よ」

「ひ、ヒツジ?」

トルネコはにこにこと頷いた。

「さあ、どれでもお好きな絵を遠慮なくお取り下さい。

もしもお気に入りのものが見つかったなら、通常定価千ゴールドのところを、貴方がた旅の仲間は特別に、三割引きの一枚七百ゴールドで構いませんからね。

どうしても現金が苦しいとあらば、仕方ありません。カード払いも受け付けましょう。

ただ、五回払い以上は金利が3%つきます。元金をさっさと回収したいので、リボルビングも出来れば止めて下さい」

「七百ゴールド?お気に入りのって……」

クリフトは目を白黒させてテーブル一面の絵を見やり、かーっと顔を赤らめた。

「こ、これは……!!」

「女性画ですよ。若く健やかな一般男性の、健全なる人生のお供。心と体の必需品」

トルネコはこともなげに言った。

「これは昨日モンバーバラの問屋から仕入れたばかりの、売り物用の女性絵です。

大丈夫、もとは劇場の踊り子の宣伝用絵画で、年齢制限に引っ掛かるようなきわどい春画なんてものは、さすがにありませんから。

ただ、みなさんいつもより若干薄着なだけ」

「い、い、いつもより……」

だいぶ薄着だ!

黄色い羊皮紙の真ん中で、水着とも下着ともつかぬ肌もあらわな衣装を身にまとい、足を組んだり腰を傾げたり、なまめかしい姿態で微笑む娘たち。

なかば呆然と目を奪われていたクリフトは、はっとして慌ててテーブルに背中を向けた。

「こ、このようなみだりがわしいものを目にするなど、神がお許しになりません。トルネコさん、今すぐ片づけて下さい!

わたしは旅の進展に繋がる話が聞けるのかと思い、急いでやって来たのですよ。このような下世話な絵を見るつもりではなかったのです!

わたしは神官。神に仕える者として、禁欲を旨に生きねばならぬ身。

女性に不届きな関心を持つなど、断固としてですね、そこはもう断固として……!!」

「まあまあ、そんなこと言ったって、あなたもまだ二十代前半の若さあふれる健康男子でしょう。

ええかっこしいの、表向きの建前はいいから」

「たっ、建前じゃありませんよ。失礼な!」

クリフトは頭に来て振り返り、目の前ににゅっと突き出されたうら若い女性の絵に、「うわあっ」と飛び上がった。

トルネコがクリフトににじり寄り、むっふっふと思惑ありげに笑っている。

「ね、クリフトさん。この娘なんかどうです?

このお嬢さんは只今売り出し中の、新進気鋭の踊り子だそうです。

こぼれ落ちそうな鳶色の目と。くるくるした巻き毛。なんとなくアリーナさんに似ていると思いませんか」

「え、アリーナ様に?」

その名こそ、自分にとって英雄アキレスの唯一の弱点なる腱、変幻自在の最後の切り札パルプンテ。

年中無休で心をかき乱す彼女の名前が耳に放り込まれた途端、つい反射的に動きを止め、意志とは裏腹に身体が反応してしまう。

だが鑑定士のように絵の仔細をまじまじと見つめ、クリフトは大げさにため息をつくと、顔の前で「ちゃうちゃう」とばかりに大きく手を横に振った。

「失礼ながら、この娘さんのどこが姫様に似ているというんですか。

アリーナ様の瞳はもっとオパールのように輝き、唇はもっとふっくらと愛くるしく、ほほえむたび頬に浮かぶ片えくぼは、うるわしの天使の秘密の小箱。

髪型は似ているかもしれませんが、はっきり言って、ぜーんぜん違います」

「でも、こうするとどうです。あら不思議、たちまちアリーナさんに見えて来ませんか?」

トルネコは絵をテーブルの上にまっすぐに伸ばして置き、鳶色の巻き毛の女性の顔の上に、真新しい1ゴールド銀貨をことりと置いた。

「絵を眺める時、こうしてお顔の部分だけをうまく隠すんです。

あとは簡単。クリフトさん、あなたの内に眠る、無限の想像力の翼をはばたかせるだけ。

さあ、心を解き放ってこの絵が繰り広げる夢の世界へと飛び込んで下さい。

ほら、あなたの恋するアリーナさんがそこにいる。

アリーナさんが、あーん、クリフトだけに見てほしーの、と自ら進んでなまめかしい水着姿になり、ハーピイのように甘い声であなたを誘っている。

クリフト、クリフト……。

わたし、あなたが好き……、と」

「むっ、むむ……」




きゃはははは……。

ざぶーん、ざぶーん。

寄せては返す波の音。

はしゃいで駆けながら掌で水しぶきをすくっては飛ばす、いとしい彼女の弾けるような笑顔。

(ク、 リ、 フ、 ト♪)

ア、アリーナ様……!

いつのまにか、恥ずかしそうに頬を染めたアリーナが、申し訳程度にしか布を使っていない水着姿で、クリフトの前に立っている。

白い首筋をつう、と濡れたしずくがつたい落ち、潤んだ唇がはにかむ。

背を屈めて両手首を合わせ、二の腕で胸の谷間を押し上げて強調する、昔懐かしい「だっちゅーの」ポーズを取ると、彼女はクリフトに色っぽくウインクを投げた。

(どうかな。似合ってる?ふたりっきりだから、今日は思いきってうんと大胆な水着にしちゃった。

こんな格好をするの、クリフトの前だけだからね。

ねえ、サンオイルを塗りたいんだけど、背中に手が届かないの。


お願い、クリフト、



塗って、く・れ・る……?)








「買いましょう」

クリフトはがしっとトルネコの肩を抱き、きびきびと懐から路銀袋を取り出した。

「七百ゴールド、全額キャッシュでお願いします。

いつもニコニコ現金払い、それが男の買い物というもの」

「毎度」

トルネコは嬉々として代金を受け取った。

「いやあ、女性がたにばれないように、無理を言ってわたしだけ一等客室を取った甲斐がありました。

殺伐としがちな旅のさなか、せめて想像の世界に心を羽ばたかせるくらい、神様もお許しになりますよ。

これで当面の生活資金も用立ち、導かれし仲間たち揃って、明日も元気にごはんを食べられます。

どうかクリフトさんを始め、男性陣の皆さんには、今後は無用なへそくりを作らないようにして頂きたいですね」

「えっ」

クリフトは受け取った絵を大事そうに丸めながら、びっくりしてトルネコを見た。

「トルネコさんは、わたしたちの個人的財布事情をご存じなのですか?」

「そりゃ、商人ですからね」

トルネコはおどけて眉を上げてみせた。
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