導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題
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2・名前の由来


幼い頃、何度も聞いた。

あんまりしつこいから、ついには苛立った母親が「もう、お前って子は本当にうるさいよ!」と怒り始めるほどに。

(なあ、おれの名前って、どうして他のみんなと響きが全然違うんだ?

おれの名前の由来って、なんなんだ?)

みんなと違う。

この苦しみが緩慢に、だが確実に進行する病のように、幼い自分をどれほど蝕んだのか、今となっては思い出してもなんの利益もない。

だが、知りたかった。髪や瞳や肌の色や、顔のつくりだけじゃない。それならまだ、神の悪戯でたまたま生まれた両親に似ても似つかない子、という理由で無理矢理自分を納得させることが出来た。……かなり、強引ではあったけれど。

ただ、自分という人間を表現する最もわかりやすい記号……その名前のセンテンスまでが、山奥の村の全ての人間とひとりだけ全く違っていたこと。

それが不思議で、不安でならなかった。

「おれの名前の由来を、知りたい」

「由来なんて、知ってどうするんだい」

「どうもしない。ただ、知りたいんだ。父さんと母さんが名付けたんだろ。だったら、教えてくれたっていいじゃないか!」

明るく磊落な気性で、何を聞いてもからからと笑って答えてくれる母親が、頑なにそのことについてだけは言い渋るのも、引っかかった。

「……もしかしておれの名前って、父さんと母さんが名付けたんじゃなかったりしてな。

だから、答えられないんだ。由来なんて、本当は知らないから」

「下らないことを言ってるんじゃないよ」

その言葉だけ、妙に返答が速かった。おでこをぱあんとはたかれて痛みに目をつぶり、次に開けた時には、母親は踵を返してさっさとあっちへ行ってしまっていた。

その背中が、おかしいほど哀しく見えた。それで、気づいた。

ああ、おれ、今母さんを傷つけた。

聞かない方がいいこともあるんだってことを、その時のおれは、やっと気がついたんだ。

俺には聞かない方がいいことが、多分人よりもたくさんある。そう思ったら、喋るのが急に得意じゃなくなった。口に出す前に考えてしまうようになった。

不用意に言葉にしたことが、決して掘り出してはならない危険な地雷源に触れてしまうのが怖くて、それを上手く避けようとすると、物言いがどんどんぶっきらぼうになった。

名前の由来なんて、知ろうとしちゃいけなかったんだ。

幼い頃の思い出が遠くなる頃、村を出た。名を名乗ると、初めて会うどこの誰もがみんな、驚きにまず瞳をみはった。

この広い世界中のいずこの国でも、自分のような響きの名はやはり珍しいらしい。四文字程度、ごく短いのにとても印象深く聞こえる、異世界の詩歌のような不思議な名前。

でも、皆はみはった瞳を何度かまばたきさせると、その後こう続ける。

「勇者様」「勇者様」「勇者殿」「小僧殿」「あんたの」「あなたの」「あなたの名前は」



とても美しい。



自分の名前の由来を知らない。もしかすると今なら、知ることができるのかもしれない。それを答えられる存在が空の向こうに浮かぶ城にいることを知っている。

でも、これさえわかっていればいい。それ以上の言葉で理由を紡ぐ必要は、とりあえず今の自分にはない。

由来より確かなこと。それが事実。



俺の名前は、美しい。




−FIN−




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