導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題
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4・うさぎのしっぽの効能


縁のぼやけた楕円形の夕暮れが山嶺の向こうへ溶けて消え、今日も長い一日が終わる。

行軍に行軍を続け、魔物たちとの激しい戦いに明け暮れ、すっかり疲弊しきった導かれし仲間たちの一行の前に、ヴァイオレット色の薄闇が訪れた。

疲れきった身体を横たえる間もなく、川沿いの灌木のそばに就寝用の革のテントを男女ふたつぶん張り、薪を集めて急いで火を起こす。

暗くなる前に野営の準備を整えておかなければ、夜間に現れる魔物の強さはみな身にしみて熟知していた。

てきぱきと食事の支度を整えるのはクリフトとミネアの役目で、道具袋に詰めておいた携帯用の食料を取り出すと、皮をむいたり切ったり水で戻したり、じつに手際がいい。

水くみや馬車の荷下ろし等の力仕事は、トルネコやライアン、大柄な男たちの役目だ。マーニャは集めた薪を燃えやすいように組みあげると、メラの炎で着火させている。

ブライとアリーナが黙って木陰に腰を下ろしていても、特に誰も文句は言わない。老人と高貴な王女に働け、働け、という方が無理な話だろう。

身を寄せ合い、仲良く作業するクリフトとミネアをアリーナはじれじれと見ていたが、以前強引にあいだに割って入り、驚いたクリフトがナイフで指を切ってしまってから、料理上手なふたりの邪魔をするのはもう止めた。

旅もおよそ一年が過ぎると、皆が各々の役割を把握している。

出来ないことは出来ない、出来ることは出来る。うまく分割して協力し合うからこそ、大人数での旅も円滑に進むというものだ。

(わたしにも、わたしだけに出来ることがあればいいのに)

あなたはなにもしなくていいという優しさの延長線上に、頼むから余計なことはしてくれるなという疎外が垣間見えることに、アリーナは気づいていた。

(どうせわたしは世間知らずの王女で、何のお手伝いも出来ないわよ。

料理も出来ないし、テントの立て方も知らないし、炎の魔法だって使えませんよ)

だからってはなからわたしを無視するのじゃなく、ひとことくらいアリーナ、これをやってくれと声をかけてくれたっていいじゃないか。

これじゃわたしが、まるでただの役立たずみたいで……。

「おい、アリーナ」

隣で膝を抱え、こっくりこっくりと舟を漕ぎ始めたブライを横目に、いっそわたしもふて寝してしまおうかしらとアリーナが思い始めた時、名前を呼ばれた。

「アリーナ。ぼーっとしてる暇があるなら、こっちへ来い」

卑しくも大国サントハイムの唯一の王女たる自分を、こんなにも不遜な口調で呼びつけるのは、仲間内でもただ一人しかいない。

新緑色の瞳。整いすぎて冷たさすら漂うおもて。蒼紫色の夜に玲瓏(れいろう)な美貌が映える、旅の先導者でもある天空の勇者の少年だ。

「なによ」

「いいから、来い」

人間に対してはことのほか無愛想だが、なぜか行く先々で動物に非常に好かれる彼の役目は、愛馬パトリシアの世話が暗黙の了解だ。

だがひと通りの作業はもう終えたのか、馬車の御者席に肘をついてもたれ、いつもの無表情でこっちをじっと見ている。

「用があるなら、自分から来なさいよね。女性を呼びつけるなんて失礼だわ」

不機嫌そうに立ち上がったものの、やっとわたしにしか出来ない役割を頼まれるのかしら、とアリーナはちょっと嬉しくなった。

「なあに、わたしになんの用?」

「さっき、これを拾った。馬車の荷台に落ちてあった」

勇者の少年がずいと差し出した手のひらに乗っているものを、アリーナはきょとんと眺めた。

「なに、これ?丸くてふわふわ」

「装備品のうさぎのしっぽだ。昨日訪れた移民の街で、手に入れたんだろう」

「これがどうしたの」

「今からライアンの背中に回り込んで、気づかれないようにそっと尻にこれをつけて来い」

アリーナはぎょっとした。

「嫌よ!」

「どうしてだ」

「そんな下らない悪だくみ、あんたが自分でやりなさいよ!」

「それが出来れば苦労しねえ。俺じゃあいつに気づかれるんだ」

勇者の少年は悔しそうに美しい顔を歪ませた。

「あのおっさんには少しも隙がない。俺が背後に回り込んで余計なちょっかいを出そうものなら、絶対に気づかれる。

けど、並はずれて素早いお前なら大丈夫だ。ごつい尻から可愛いしっぽを生やして、美味いでござるなと飯を食ってるおっさんを見たくないのか」

その姿を想像してぶっと吹き出しそうになり、アリーナは慌てて顔を引き締めた。

「まったく……。急に呼びつけられて、せっかくわたしでも役に立てる仕事を貰えるかと思ったのに、こんなしょうがない悪戯だなんて」

「なんだ、お前仕事が欲しかったのか」

勇者の少年は眉を上げた。

「あくせく働くよりなにもしないでいる方が、ゆっくり休めていいだろ」

「みんなが頑張っているのに、わたしだけくつろぐなんて落ち着かないの」

「どうして誰も、野営の準備の時にお前になんの役目も与えないのかわからないのか」

「わからないわ、そんなの」

「朝から晩まで繰り返す魔物との戦闘で、武術家のお前が女だてらに最も体を酷使して戦っている。

誰もお前のように飛んだり跳ねたり、剣も持たずに拳と蹴りだけを武器には戦えない。その上、お前は鎧をまとえない。守護魔法も持たない。魔物の直接攻撃を受けた時、一番体力を消耗してしまうのはお前だ。

お前の働きには、みんな心から感謝してる。お前ほど戦闘で役に立っている奴はいない。だから、一日の終わりくらいゆっくり休んでもらいたいと思ってるんだ」

アリーナはぽかんとして勇者の少年を見つめた。

勇者の少年は、こんなことを言うのは不本意だと言わんばかりに唇をへの字にすると、ぼそっと言った。

「多分だけどな。べつに、そうだと直接皆に聞いたわけじゃない。

……で、どうするんだ。うさぎのしっぽをライアンにつけて来るのか、来ないのか」

「これ、装備するとどんな効能があるんだったかしら?」

「運の良さが少しだけ上がるらしい」

「じゃあライアン、これをつければ少しはいいことがあるかな」

「仲間を笑わせるという意味じゃ、いいことがあるんじゃないのか。笑いは癒しだ」

「あんたって、本当性悪」

「お前にしか出来ない。だからこうして頼んでる」

「そういう態度を頼むとは言わないのよ。仕方ないわね。わたしにしか出来ない役目なんでしょう。

うまく行ったら感謝しなさいよ。そこからライアンのお尻を、よーく見てなさい!」

うさぎのしっぽを手にアリーナが駆け出すと、天空の勇者の少年が珍しく白い歯を見せて、「ああ、頼んだ」と笑った。

頼まれなくたって、やってあげる。こんな下らなくて面白い役目、他の誰にも譲れない。

運の良さが少しだけ上がるという効能は、手にしているわたしにも利いているのかもしれない。自分が自分であるということの価値。他の誰にも代われない、わたしだけの役割。

絶妙のタイミングで声をかけて来た彼は、もしかして気づいていたのだろうか?わたしが落ち込んでいたことに。

悪ふざけと一緒に手渡してくれたそっけない優しさは、心遣いだろうか?それとも偶然だろうか?

韋駄天のように走るアリーナの視界に、 古代東方の武士道を形にしたような王宮戦士の筋骨隆々とした背中が映った。

任せておいて。美味いでござるな、見たいもの。

手のひらの中の丸いしっぽを握り直すと、鳶色のふたつの瞳がきらきらと輝いた。




−FIN−




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