導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題
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7・ぬけめがない


鳥が鳴くと、いつも彼女のことに想いを馳せる。

そんな自分に、罪悪感を抱く。あの日からもう、半年経った。あの日。故郷も両親も大切な彼女も、全て一瞬にして喪ったあの日。

そんなことが現実に起こりうるのだと、身を以って知ったあの日。

思い出は貸し出し自由な図書館の書物だ。いつ手に取って、読み返してもいい。ただ、それが痛みを伴わない場合に限ってのこと。頁をめくるたび人目も気にせずぼろぼろと涙を流し、頭を抱えて恐怖の叫び声をあげるわけにはいかないからだ。

鳥が鳴き、彼女のことに思いを馳せても、取り乱さなくて済むようになった。少なくとも、ひとりきりの時以外は。

そこにたどり着くまで、半年もかかった。それが早すぎるのか、それとも遅いのか自分にはわからない。

時間が傷口にかさぶたを張ってくれたことを、嬉しく思ったり、忌々しく思ったりする。男だから、いつまでもうじうじ悲しんではいられない。今は共に旅する仲間もいる。ついこないだまで赤の他人だった彼らの前で涙するなんて情けない真似、間違っても出来るわけがない。

なのに、罪悪感が波のように押し寄せる。いつかこのかさぶたさえぽろりと剥がれて、完全に傷が癒える時が来るのではないかと、怖くなる。

癒えることは、忘れることだ。忘れることは、手放してしまうことだ。誰ひとり待っていない故郷に帰る必要はもうない。このまま旅を続け、漂泊の中に身を置いて生きて行けば、やがて新しい出会いがあるだろう。こうして仲間を手に入れたように。

新しい出会いと共に、いつか自分も新しい愛を見つけるのかもしれない。思い出は良くも悪くも古びてしまう。苦しみと共に、幸福さえ輪郭を薄くする。

時間と共に、いつか必ず遠のいてゆく。あの顔も、声も、髪も、花のようにあどけないあのほほえみも。

あれほど狂おしく、彼女のすべてを自分だけのものにしたいと望んだことさえも。

「……嫌、だ」

懐に押し込んだ、煤けた羽根帽子を握った拳が震えた。


いやだ

俺は絶対にお前を忘れない

忘れてたまるもんか

お前を忘れるってことは、俺に生きるなと言ってるのと同じだ

本当は今すぐお前の所へ行きたい でも、俺は勇者だから死ねない 

だから忘れない 俺は生きなくちゃいけないから

あの日のことを 俺のせいで起きてしまったあの日のなにもかもを

傷が治ろうとするたび何度も 何度でも掻きむしって新しい血を流させて

悲しみと苦しみの思い出に身を浸して絶え絶えな呼吸を続け

もういない死者のなきがらに永遠に恋をする




鳥が鳴くと、いつも彼女のことに思いを馳せる。

「よい歌声です」と傍らの仲間が目を細めたので、不意に苛立ちが喉までせり上がり、片手を鞭のように振り上げると雷鳴が轟いて、稲妻が鳥の背中を直撃した。

黒焦げになった鳥のむくろが空からまっさかさまに落ち、小枝が折れるような音を立てて地面にぶつかる。

「何をするのです!こんなにも美しい声でさえずっていたものを」

「明日の飯だ」

自分でもぞっとするほど怜悧な声が、唇から洩れた。

「どうせ、俺たちは食わないと生きていけないんだ。生きてる者は、いつもなにかを殺すんだ」

そうして殺した者ほど簡単に、忘れて行くんだ。そいつらがこんなにも必死に、懸命に、存在という歌を喉を枯らしてさえずりながら、そこに生きていたということを。

「この歌を耳にしつつ、明日の食糧を考えることが出来るなんて。あなたは抜け目がないのですね。さぞや、食うに困らぬよい旅人となるでしょう」

嫌味ではなく、むしろ哀しげにそう言うと、仲間は萌黄色の法衣の胸元で静かに両手を組み合わせた。

「お許し下さい。生きとし生けるものの命を奪って生きるわたしたちの罪を、どうか」

オユルシクダサイ。誰に言ってるんだ?

その鳥を抱いた卵を産んだ親鳥か。

それとも、なにひとつ手助けせずに目の前の命が奪われるのを薄笑いを浮かべて傍観しているだけの神か。

俺は故郷を奪い、両親を奪い、あいつの命を奪った奴に百万回お許し下さいと土下座されようとも、決して許すことは出来ないだろう。

贖罪はいつだって、奪った者の側に寄り添う都合のいい言葉。耳にこびりついて離れない五文字の名前。その名の持ち主の身体を引き裂き、この手で心臓に深々と剣を突き立てるまで、この旅は永遠に終わらない。

鳥が鳴くたび、思いを馳せる。そんな自分に罪悪感を抱く。

思い出の傷口に手を突っ込んでかさぶたを剥ぎ続ける、帰るところのない俺は迷路を彷徨う旅人。




−FIN−




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