導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題・2
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66・旅の扉の原理に関する私的見解



「う、うえっ。気持ちが悪い……」

「大丈夫ですか!姫様」

胃の底からこみ上げる気持ちの悪さに、アリーナは愛らしい顔をくしゃくしゃにしかめると、てのひらで口元を押さえた。

あわてて駆け寄って来るクリフトを見て、さらに眉をひそめる。

「……なに、そのけろっとした顔。

平気なの?お前」

「え……な、なにがでしょうか?」

たった今、同じようにこの苦しみをくぐりぬけて来たはずの神官クリフトの表情に、曇りのひとつも見受けられないのだ。

むしろ、咲き初めたばかりの桜のようにそのほおは紅潮し、海色の蒼い瞳は近頃なかったほどの高揚に澄みきって、きらきら輝いている。

「これに飛び込むと、すっごく気持ちが悪くなるの」

「そうですか?わたしはとくに」

不思議そうにアリーナの瞳をじっとのぞき込むと、クリフトは安堵したようにほほえんだ。

「では、姫様のお加減が良くないのは病やお怪我ではなく、この旅の扉のせいだったというわけですね」

「そうよ」

アリーナはぶっすりと頷いた。

「大嫌い、これ」

あたりを見回し、クリフトを除く仲間たちが同じように皆、気分悪そうに胸を押さえているのを見て、やっぱりおかしいのはわたしではなくクリフトだわ、と確認する。

「お前が変なのよ、クリフト。これを使っても、びくともしないなんて」

「びくともするどころではございません。

わたしは今、猛烈に感動しております!」

クリフトは昂奮にわなわなと肩を震わせた。

「この七色に光り輝く未知の渦には、一体どれほどの世界生成の謎が秘められているというのでしょう。

水でもない。火でもない。さりとて風でもない。この渦が何で組成されているのか、まったくわからない。

しかし、ひとたびそのなかへと飛び込むと、まるで伝説の巨大な鳥ラーミアにいざなわれるかのように、わたしたちを新たなる大地へと導いてくれる。

偉大なる聖祖サントハイムは水晶の泉より出でたる以前、彼方より星の船に乗ってこの地へやって来たとも言われていますが、旅の扉もまさしく、聖祖降臨伝説の一端を担うこの世界の不可思議でありましょう。

旅の扉はきっと、神の御手によって作られたもの。

ああ、なんたる神秘!感動です!」

「このわけのわからないうねうねに、神秘を感じられるお前を尊敬するわ」

アリーナは呆れてため息をついた。

「わたしはこんなもの、ちっとも感動したりしないわね。これは、その名の通り旅人のための「扉」よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。

むしろ、とても古臭い作りをなしていると言えるわ。今時フレノールの穴の開いた渡し船に乗ったって、こんなに気持ち悪くならないもの。

旅人に優しくない旅の扉。とても時代遅れな、ただの渦巻きよ」

「な、なんと……」

真っ向から否定されて、クリフトは目を丸くしたが、珍しくむきになって「ですが」とあるじへ言い返した。

「キメラの翼やルーラですら、一度訪れたことのある場所へしか移動することが出来ません。

旅の扉は、人間がとほうもなく長い時間をかけて研究を重ねた魔法や道具の効果さえ、いともたやすく凌駕(りょうが)するのですよ。

これが神の悪戯なのか、魔力の結晶なのか、はたまた自然現象なのか。このようなものが世界に点在している理由すら、なにひとつわかっていないのです。

人知を超えたこの旅の扉の存在に、摩訶不思議な神秘を感じるのは当然のことでしょう」

「だったら言わせてもらうけれど」

アリーナは傲然と言い放った。

「じゃあどうして、この大地に花は咲くの?」

「え?」

目を白黒させるクリフトに、矢継ぎ早に続ける。

「花はどうして、あんなにきれいな色をしているの?種の時はあんなにそっけなく硬い、ただの粒なのに。

どうして花はそれぞれ違う色なのに、草木はみんな緑色なの?日の光を浴びると伸びてゆくの?」

「そ、それは……」

「ほら、見なさい。答えられないじゃない」

アリーナはふふんと鼻を鳴らした。

「いい、クリフト。摩訶不思議なのは、この世界のすべてよ。

この世は神秘で満ちているの。旅の扉だけじゃない。花も、木々も、太陽も月も、お前とわたしが今ここに生きていることさえ、何もかも理由なんてわからないでしょう?

珍しいものに心を惹かれる前に、自分の周りにあふれている当たり前の神秘に、もっと敬意を払うほうが先じゃないのかしら」

畳みかけるように言われて、クリフトはむう……と喉の奥でくぐもった声でうなり、それ以上なにも言い返せなくなってしまった。

「……なあんて、ね。

ごめんなさい。今のはちょっと、意地悪な言い方だったわよね」

アリーナはすまなそうに首をすくめた。

「だって、あんまりお前がけろりとしているものだから。

悔しかったの。わたし、馬車酔いも船酔いも全くしないし、三半規管は誰よりも強いつもりでいたのに、どうしてもこの旅の扉だけには弱くて……参っちゃう」

ふうっとアリーナがため息をついたので、クリフトは慌てた。

「わ、わたしこそまことに申し訳ありません!

そのように姫様がご不調であらせられるのに、愚かにもわたしと来たら浮かれてしまい……」

「ううん、いいの。わたしは苦手だけど、お前が平気でいられるってことは、考えると素晴らしいことよね。助けてもらえるんだもの。

クリフト、次から旅の扉に入るときは、わたしの体を支えてくれる?

その代わり、塔や高い建物に入るときは、わたしがお前を支えるから」

「は、はいっ」

「わたしたち、お互いに苦手なところを補って、助け合って進んでゆきましょう」

アリーナがほほえむと、まだ青ざめている肌にわずかに血の色が差し染めた。

「お前をとても……、頼りにしているの。わたし」

柔らかなアサガオが恥じらいながら花開くように、ほほに甘い朱赤がじわじわ広がる。

視線を逸らさなければという焦燥に襲われて、クリフトはさっとこうべを垂れた。

「痛み入ります」

心臓の音がぎしりと軋む。手足の先が突然熱くなった。強烈な喜びに、打ちのめされてしまいそうだ。もはや旅の扉の原理も、そこにある理由も一切どうでもよかった。

姫様が、わたしを頼りにして下さっているなんて。

神よ!感謝致します。謎に満ちた旅の扉、万歳。その存在がこれほど嬉しいと感じたことはない。

(……でも)

クリフトは、ふと顔をしかめた。

どんな理由であっても、姫様のお身体がおつらそうなのは嫌だ。

だから、やっぱりこの不思議なうずまきは、いずれ消えてなくなってしまったほうがいいのかもしれない。

世界生成の謎を秘めているかどうか……はわからない、最先端のような時代遅れのような、乗り心地の悪い七色の渦。

けれど、神秘に満ちた真珠色の淡い輝きに、やはどうしようもなく惹かれてしまう。

クリフトは旅の扉を振り返った。この世の不可思議を凝縮させたような輝きのかたまりが、そこにある。うねり続けるぐるぐるした渦。飛び込むと、次はどこへ連れて行ってくれるのだろう?勇気と引き換えに手に入れる未知の場所。

ああ、どうしてなのか……自分でも説明がつかないほど、わたしはこれが、好きだ。

手放しかけた少年の心が、ポケットからはみ出したハンカチのはしっこのようにぎゅんとつかまれる。

疲れたように体をもたせかけてくるアリーナに寄り沿いながら、クリフトは嬉しいような寂しいような、なんともいえない複雑な表情を浮かべた。




―FIN―



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