導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題・2
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53.ここはどこだ


目を開くと、そこは塗り込めたような闇だった。

いや、正確には目を開いたのかどうかさえ分からない。自分は漆黒の紙の上に偶然落ちたちっぽけな一匹の虫けらで、そもそも闇は最初からそこにあったのかもしれない。闇と眠りの区別がうまくつかない。今の自分に目というものがあるのかもわからない。

今のわたしは。今のわたしには。


ここは どこだ


呟いたのは自分の声だったのだろうか。

短いひとことのはずなのになにも聞こえず、ただびゅおおおお、という断崖を吹き抜ける不穏な風鳴りのような音が響いた。もはや声は声として機能していなかった。どうやら口もない。耳もない。

ならば一体今の自分には、なにが残されているというのだろう。

体の自由は効くのだろうかと動いてみようとし、腕もないことに気がついた。足もない。なにもない。途絶える寸前の意識だけがそこに残されている。

だが、それもまもなく失われてしまうだろう。思考の切れ端が焼けた鉄のように、徐々に溶け失せてゆくのがわかるのだ。すべてなくなってしまうまでもう、あとわずかもない。


ここは どこだ


深い闇をかきわけるようにして、灼熱の炎が偽りの視界を埋め尽くす。逆巻く煉獄の溶岩。むせかえる狂おしい熱気。熱くてたまらない。紅蓮の火柱がじゅおうっと音を立てて吹き上がった。


ここ は


やがてどろどろと波打つ灼熱のうねりの中から、黒緑色の不吉な塊が姿を現し始める。

体色は苔むした岩のように暗く濃く、びっしりと鱗で覆われた体の顔にも腹も、ぎょろりと剥き出された眼球が貼りついている。持ち上げるのが億劫なように地に垂らした巨大な手から伸びるのは、殺戮にしか使われることがない残忍な鉤爪(かぎづめ)。顔面の両端まで裂けた唇からはみ出した鋭い牙。

見るもおぞましい、醜悪な生命の塊だ。硫黄色の息を規則的に吐き散らしている。


あれは わたしだ


生きている。呼吸して、眠りから呼び覚まされるのをじっと待っている。

今はまだ体と魂が分離し、薄れかけた意識が上空から冷静に「それ」を眺めている。だが、もうまもなく点と線は分かちがたく結びあわされ、すべてがひとつに集約されるだろう。思考は存在に飲み込まれ、すべて消えてすべて忘れてしまう。それを望んだのは紛れもなく自分だった。

醜悪な黒い塊がしゅおおお、と息を深く吸い込んだ。顔にも腹にもいくつもある目玉が一斉にこちらを向く。その目はわずかに苛立っていた。なにをしている、早く来いと、求めているのだ。今こそ、我々はひとつになるのだと。そして全てを無に還すのだと。

だらりと垂れた鉤爪が震えながらこちらへ向かって伸ばされるのに気づいたとたん、かすかに残った最後の意識のかけらを、切り裂かれるような深い悲しみがわしづかんだ。


ああ あれがわたしなのか


なんと 醜い


わたしはああなることを望んでいたのか


わからない 


わたしは なにが欲しかったのか


わたしはなにを手に入れたかったのか 


わたしは なにを 守りたかったのか


もうなにもわからない


底なしの暗闇をひとすじの光が切れ目を描き、そこから突如ルビーの涙がぱらぱらとあふれ落ちて来た。

あれをほんのひと粒でも手にすることが出来れば、この永劫の闇から救われる。だが重すぎる鉤爪はそれ以上持ち上げることかなわず、手の届かない美しい真紅の涙はぱきんと音を立て、ひとつ残らず砕け散って炎のもくずと消えてしまった。


泣いているのか?


ロ  ザ ……


意識の断片にかろうじて残る名前を呼ぼうとしたが、どんな名だったのかどうしても思い出せない。あれほどいとおしんだ、生涯でたったひとつの希有な宝物だったのに。

奪うばかりの愚かなこの生で、初めて他者に与えた名前という絆。「ありがとうございます」と頬を染めてほほえんだ精霊の娘。

とても大切だったような気がしたが、もはやすべては薄れゆき、薄れゆき、泡のように溶けて消えてゆく。


ああ ああ 忘れたくない


こんなにも愛しているのに


大丈夫だ わたしも すぐに行くから


それまで


いい子に しているのだぞ


だが想いはもう二度と声に変わることはない。

そして一切の記憶が失われ、存在と意識は重なり合って大いなる無と化した。






ココハ


ココハ ドコダ


ワタシハ 


ワタシハ デスピサロ


マゾクノオウトシテ メザメタバカリダ


ワタシニハ ナニモオモイダセヌ


シカシ ナニヲヤルベキカハワカッテイル


オマエタチ ニンゲンヲ ネダヤシニシテクレルワ………!!




―FIN―





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