クリアリ短編1

□月夜と髪にまつわる秘密
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「少しだけよ、たくさんは切らないで!」

それはある日の昼下がり。

木綿のケープで肩を包まれ、首の後ろをぐいっと引っ張られて、わたしはこわごわ叫んだ。

髪を切るのは嫌い。

伸びすぎているからだって、毛先を揃えるだけだからって何度言われても、薄茶色の毛束に鋏が入れられるたび、みぞおちがずきんと痛くなって、なぜかどうしようもなく不安な気持ちになってしまう。

長く伸ばした髪は、わたしがたったひとつだけ持っている、女の子であるあかしのようなもの。

こんなにじゃじゃ馬で暴れ者で(みとめたくないけど)がっちりと筋肉質な体型の自分が、もしも髪まで短かったら、

クリフトに好きになってもらえないどころか、そもそも女だってことすら、気づいてもらえないかもしれないから。

でもそう言うと、クリフトは微笑んで首を振った。

「髪が長くても短くても、貴女はわたしにとって、だれよりも女の子ですよ」

「そうかなあ」

「アリーナ様はおつむりが小さいから、きっと短い髪もよくお似合いになるでしょう」

「じゃあお前はどっちが好きなの、クリフト。長いのと、短いのと」

「わたしですか」

クリフトは眉を上げてわたしを見、なぜか顔を赤らめた。

「そうですね……わたしは、どちらかといえば今のままのほうが」

「ふうん。お前は髪が長い女の子のほうが、好みってわけなのね」

「そうではありません。好みが何であるのか、わたしにはよくわかりません。

なにせ、他の女性をそのような目で見たことがないものですから……ただ」

「なあに」

「あなたの長い髪がすごく好きだと思う、ある瞬間があって」

そう言ってクリフトは、またぱっと顔を赤くした。

「その時のあなたは、どんな花や宝石も太刀打ち出来ないほど、すごく綺麗なんです」

「ええ?」

わたしは面食らって言った。

「一体いつよ、それ?このわたしにそんな時があるなんて、とても思えないわ」

「ありますよ。世界中で、わたしだけが知ってる」

クリフトは悪戯っぽくくすくすと笑った。

「あなたの喉が上を向いたら、長い髪がぱっと散って、シーツの上で雪の原にそそぐ川のように美しい曲線を描いて流れる。

その時わたしはいつも、あんまり綺麗でめまいがしそうで、思わずわあっと叫び出しそうになるのを、一生懸命我慢しているんです」

「叫ぶ?……なんだか、ちっともわからないけど」

わたしは肩をすくめた。

「とにかくお前は、このままわたしが長い髪でいたほうがいいってことなのよね」

「そうですね、出来れば」

「じゃあ絶対に切らないわ。そのかわり、もしもその時が来たならぜひ教えてよ。

わたしの長い髪がすごく綺麗だっていう時。

気づかないかもしれないから、ほら今ですよって手を引いて、わたしにもちゃんと解るように、まっすぐに目を見つめながら」

「見つめながら?」

なぜかクリフトはまた赤くなり、困ったように眉尻を下げた。

「それは……その時の状況に応じて、可能であれば」

「なに訳のわからないこと言ってるの。とにかくいいわね、絶対に教えてくれること!

クリフト、約束よ」


わたしが小指を差し出すと、蒼い瞳が少し戸惑ったような光を浮かべる。

それからすぐに微笑みが降りて来て、大きくて長い小指が、蔦のように優しく絡みついた。


「はい。約束です」








そして、夜。

太陽が沈み、その恵みを存分に受けた花々が、満足してようやく眠りにつく頃。

銀色の月の光の中で、クリフトはわたしに、とてもていねいに教えてくれた。

その瞬間を。

髪に触れて。

ちゃんと目を見つめながら。

でも言葉はなく。

今まで少しも気づかなかったけれど、懸命に目をこらして見つめると、長い睫毛が風にそよぐ柳のように、せつなそうに震えていたから、

彼がその瞬間、めまいがするほど叫び出したいのを我慢しているのは、どうやら本当のことみたいだった。


そしてその夜以来、わたしは彼が綺麗だという自分の長い髪が、ますます好きになった。




えっ?



一体どんな時だったのかって?




それは……、誰にも教えられない、

わたしとクリフト永遠にふたりだけの、





秘密!





―FIN―





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