【side Neil】
世界中を味方につけるなんて、そんなに上手くいくわけがない。というか、できるわけがない。刹那に大きな事を言っておきながら、俺は何一つ守れなかった。俺は罪を償わなければならない。だから、死ななければならない筈だったのに・・・・・・俺、ニール・ディランディはのうのうと生きている。最愛の弟と一緒に・・・・・・。
今までの経緯(CBのことではない)について、一通り話し終え、俺は手元にある酒を口に付ける。こんな風に落ち着いて酒を飲むのは何年ぶりだろう。退院する前も酒を飲む時間なんてあるわけがない。氷がからんと音を立てて溶ける様子を見ながら、俺は今までの出来事を忘れたい一心で酒を勢いよく流し込んだ。
「兄さんさ、それで、なんで戻ってきたの?」
突然、自分と同じ声に阻まれて、俺は顔を上げた。問いかけてきたのは自分の弟のライル、自分と同じ顔、ほぼ変わらない背丈、もう一人の俺というのが一番てっとり早い表現だ。
そのライルは、俺の刹那の話しを聞きながら、頬杖をついた。その表情は人の惚気を聞くにしては険しく、真剣なものだ。何故、ライルがこんな表情ををするかが、俺には分からない。
「ん?」
ライルの質問の意図が分からなくて、俺は「なんでってどういうこと?」という意味を込めた音を発する。こういうとき、ライルなら伝わるから、楽で良い。
「だって、約束してたんでしょ?その子と。」
どうやら、ライルは、刹那の事を俺が付き合っていた「女の子」だと判断したらしい。その質問に俺は苦笑しながらも、少しだけ昔を思い出した。
あのとき、アリーアル・サーシェスと一騎打ちをしたとき、俺は近くを通っていた輸送艦に拾われた。一般経営、社員と社長が同一人物の会社だったから、俺はマイスターだとばれずに済んだ。そして、地上に戻り、俺の住所やら、何やらを聞かれた。そのとき、何故か俺は昔の住まいの場所を言ってしまった。そこにはもう誰も住んでいないと思っていたのだが、看護婦から帰った来た返事は
「弟さんが向かえに来るらしいよ。ユニオンのパイロットさん。」
どうやら、俺は、宇宙で散ったユニオンのパイロットと、判断されたらしかった。しかし、届けを出されたら怪しまれる為、自分で出すと押し切った。(ライルにもそう言って説明した。)
そんなことよりも、俺は驚いた。あの、二人で住んでとても広かったあの部屋に、ライルは一人で住んでいるのかと。いや、と俺は考え直し、ライルの女癖を思い出す。
あいつは、女癖が悪く、いつも女をつれてホテルに行っていた。俺がいなくなったのを良いことに、女を連れ込んでいるに違いない。そんな笑えない話しに、俺は深くため息を吐いた。
その瞬間、自動ドアが開き、一人の人物が入ってきた。
「兄・・・・・・さん?」
片目が見えない所為で、今、その人物が丁度死角にいる。全く見えないのだが、声で誰か分かる。
「どこ・・・・・・いってたんだよ!!もう5年も音沙汰なしで!しかも・・・・・・こんな怪我までして・・・・・・。」
泣いているのだろうか?と少し、恐くなった。こいつは泣いたことがない。泣いたのかも知れないけど、俺は見たことがない。
優しい、そして、強いライルだ。
「ただ今、ライル・・・・・・。」
ごめん、刹那。
俺は、そのとき初めて刹那を忘れようとしてしまった。
「でも、無理だった。」
その言葉を言うと、ライルの飲んでいた酒に浮かんでいた氷がからん、と音を立てる。静かな自宅の部屋にその音は大きく響き、この空間の密度の低さを表していたかのようだった。
ライルはふっと、笑みを浮かべながら再び酒に口を付ける。そして、こつん、と俺の頭を叩いた。
「兄さん、勘違いしてないか?俺に申し訳ないとか、思ってるだろう。」
ライルの言葉が正しくて、俺は押し黙る。すると、ライルは大袈裟にため息を吐き、一気に酒を呷り、俺の頭をがしっ!と掴み自分の方に向かせる。その目は据わっていて、恐怖で目が離せない。
「あのさ〜、俺、兄さんの事は尊敬しているし、頼りたいとも思ってるけど、兄さんにはちゃんと幸せになって欲しいんだぜ?なんで、俺のささやかな幸せを兄さんは奪うかな〜。」
酒の回ったライルの本音に、俺が目を見開くと、突然、自分の携帯端末をぴっと何処かに連絡を付け始めた。
「あ、もしもし?ライル、・・・・・・そ、もう、いいぜ。入ってこいよ。」
「刹那。」
「え?」
そのライルの口から出た名前を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。なんで、こんなところでその名前を聞くのだろうかとか、ライルがなんで刹那と連絡を取り合っているのだろうかとか、頭の中で疑問がぐるぐると回っている。
「俺、マイスターなんだよ。」
「え?・・・・・・。」
マイスターという単語を聞いて、俺は想わず座っていた椅子を蹴った。
「お前!カタロンだって!!」
その俺の動揺をよそに、ライルは冷静に酒を飲む。
「兼マイスター、ケルディムガンダム、兄さんのデュナメスガンダムの後継機のガンダムマイスターだよ。」
その言葉に俺は肩を震わせた。ライルが危険な目にあっている?カタロンだけでも十分危険な組織だが、まだマシだ。それなのにガンダムに乗って戦っているなんて・・・・・・。
「な、なんでそんなこと!」
「刹那が直談話に来たんだよ。兄さんの代わりに戦ってくれってな。」
刹那が・・・・・・?と内心呟き、俺はゆっくりと椅子に座り直しため息を吐いた。その瞬間、家のチャイムが鳴る。真夜中だというのに誰だと訝しみながら俺は再び椅子から立ち上がろうとすると、ライルにその動きを制止される。
ちょっと待ってろ、と動作で示唆され、俺はしぶしぶ椅子に座る。そして瞼を閉じた。目の前が暗くなり、俺は動悸を抑えようと深く深呼吸をした。それによって少しは落ち着きを取り戻し、俺は瞼を上げた。
ライルには後でじっくり問いつめることにしようと、苦笑を漏らすと、突然、リビングの扉が開いた。
「兄さん、お客さんだよ。」
そう言われて、ライルの目の前に立つ青年、その姿を見て、俺は思わず微笑んだ。
「よぉ、久しぶりだな、刹那。」
背丈が大きくなった刹那を俺は不覚にも格好良いと思ってしまい、同時に美しくなったと感じた。刹那はまるで俺を幽霊でも見るかの(まぁ、死んでいたと思っていたのだろう)ような表情をしている。
俺はソファーから立ち上がり、その刹那の頬に触れる。その冷たさに驚いて両手頬を包み込み、口づけを落とそうとして、離す。
もう何年も前の感情、刹那は忘れているのではないかと思ったからだ。しかし、そんなこと思っているとは露知らず、刹那は自ら唇を合わせてきた。
唇も冷たい、と感じ俺はぺろりとその唇を舐めると刹那が呻く。あぁ、良かった。刹那も思っていてくれた。
「・・・・・・ニール・・・・・・?」
名前を呼ばれて、俺は強張る。過去の俺の過ちを思い出し、悔しさを隠すように刹那の身体を抱き締めた。
「約束、守れなくて、ごめんな?」
すると、突然、刹那が俺の身体を抱き締め返してきた。突然のことに俺が驚くと刹那は頭を振る。
「っ!!いい!!そんなもの・・・・・・お前が、生きていてくれたら・・・・・・それで・・・・・・。」
刹那の泣き崩れる姿に俺はほっとした。刹那は、変わっていない。相変わらず、俺のことを思って泣いてくれて、不安になってくれる。それが不謹慎なことだが嬉しかった。
「・・・・・・どうして、俺が生きてるって?」
一番の疑問だった。まぁ、だいたい予想は付くけどな。
「ライルが・・・・・・教えてくれた。」
「そっか・・・・・・。」
俺がライルに視線を向けると、自分と同じ顔のウインクが目に入ってくる。その姿に苦笑いしながら、俺は刹那の背中をぽんぽんと叩く。
だいぶ落ち着いたとき、刹那は顔を上げ、再び唇を重ね合わせた。今度はさっきよりも深く、愛し合う為に。
「っ・・・・・・ふ・・・・・・んぁ、にぃ・・・っはぁ・・・る。」
「ん?」
突然名前を呼ばれ、俺は貪っていた唇を離す。赤く紅潮した顔が可愛くて俺がにこにこしていると一瞬むすっと顔をしかめながらも唾液で光っている唇を拭いながら俺に言う。
「世界中を味方に付けて・・・・・・世界を変えて、またもう一度来るから・・・・・・もう少し・・・・・・待っていろ。」
男前な刹那の言葉に俺がキョトンとしていると、刹那がまるで返事を待っているかのように見つめてくるから、俺はくすりと笑いながら大きくなった刹那の頭をぽん、と叩く。
「・・・・・・あぁ、俺の代わりに・・・・・・世界を・・・・・・変えてくれ・・・・・・。」
その返事に刹那が微笑み、俺を見上げてくる。
「あぁ、約束だ。」
あぁ、約束とはこんなにも心地いいものだっただろうか、と俺は自問する。答えは簡単だ。刹那とする約束だから・・・・・・だろ?
世界とは言わない。せめて刹那だけでも、と願ってしまうのは、俺の我が侭。
Fin 更新日 2009/01/26