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□数え切れない程キスをして
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―――四月二十日、今日は丸井の十六歳の誕生日だ。

好きな人と、とりわけ恋人同士ともなれば、一緒に誕生日を過ごしたいと思うのは当然のことであり、赤也も例外ではなかった。1ヶ月も前からどのように過ごそうか、プレゼントは何にしようかと思いを巡らせ、一緒に誕生日を過ごせるものと少しも疑ってなどいなかった。そう、数日前のあの日までは。

誕生日プレゼントに何が欲しいかと告げた赤也に丸井は
真顔でこう言ってのけたのだ。"今日から21日まで俺に会いにくるな"と。誕生日は一緒に過ごしたい、など甘い言葉を期待していたわけではないけれど、赤也ははじめて頭が真っ白になるという言葉の意味を身を持って体験したのだった。
丸井の誕生日を前日から祝い、あわよくば泊まらせてもらおうとさえ考えていたというのに、丸井と一緒に誕生日を祝いたいという願いは言葉にする間もなく、本人の前であっけなく崩れ落ちたのである。

一緒に過ごしたいと思っていたのは自分だけだったのかとも取れるような態度は、ひどく心に重くのしかかった。確かに告白をしたのも、いつもデートに誘うのも赤也からではあったが、共に過ごしたいと思っていたのは丸井もだと思っていた。…思っていたのだ、少なくとも数日前までは。
…あの日頬を染めながら、赤也の想いに頷いてくれた彼を疑うわけではないけれど。どうしても胸に渦巻く黒い思いを拭えずにいた。
初めて「恋人」として迎える誕生日を、こんな空虚な思いで迎えることになるとは…。そう思えば思う程試合にも身が入らなかったのだ。

「やっぱり、丸井先輩は俺のこと…」

呟いた言葉の先は、どうしても口にすることができなかった。呟いてしまえば、嫌でも実感してしまうだろう。
(本当は先輩が、)


「…落ち込むのはまだ早いかもしれんぞ」
「…へ?」

それまで静かに赤也の話に耳を傾けていた柳が口を開いたことで、思考が現実へと引き戻される。

落ち込むのはまだ早いとはどういうことか。
今日という特別な日はあと5時間足らずで終わってしまうというのに。
それとも、参謀と呼ばれたデータマンの柳ならば、何か赤也の知らない情報を掴んでいるのかもしれない。きっとそうに違いない。最後の望みをかけ、見つめた先…柳はふと笑みを深めた。


「…赤也、今日は何の日だ?」
「は?何の日って、さっきから言ってるじゃないっスか。今日は丸井先輩の誕生日っスよ?」
「そうだな。じゃあ、お前にとっては?」
「へ?俺?」
「そうだ。お前にとって、今日はどういう日だ?」


どういう日かと言われても、頭の中には一つの方程式しか浮かんではこない。
四月二十日=丸井の誕生日。
それ以外に何か大切なことがあっただろうか。
柳は言ったのだ、お前にとって、今日はどういう日か、と。
(…俺、にとって今日は…)


「…レギュラー選抜の日、っスか?」
「そうだな」
「でも、それが丸井先輩と何の関係が…」
「ちなみに、丸井は数日前から風邪で学校へ来ていない」

「え…?…そんなこと、聞いてないっス…!」
「だろうな。俺も口止めするよう言われていた」
「何で…っ!まさか…」


思い浮かんだことは、ひどく単純なことだった。

"21日まで会いにくるな"

…あれは、風邪を引いている自分から赤也を遠ざけようとする丸井なりの優しさだったのだ。
レギュラー決めの試合は今回のT回きりではないが、夏の大会にも大きく影響することは、誰もが知っていることだ。元レギュラーだった丸井も知らないはずがない。

…それなのに、自分が思ったことは何だっただろう…。丸井は赤也のことなど嫌いになったのではないかと勘違いをして、不安になって、大事な試合も上の空。
あの言葉を口にした丸井の瞳が、ほんの少し悲しげに揺れていたことに気づいていたのに…。
あの時、どんな気持ちであの言葉を告げたのだろう…


…考えるよりも先に足は走り始めていた。




「…俺もあの二人には甘いな」


慌ただしく後輩が消えたドアの先を思い、柳は苦笑を浮かべた。



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