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□数え切れない程キスをして
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…その言葉に、もう体は動いていた。
ベッドに寝たままの丸井を抱き起こして腕の中にその華奢な体を納めれば、ふわりと香るお菓子のような甘い匂い。頬にあたるふわふわの髪も、いつもより少し高い体温も、全てがその人が腕の中にいることを物語っている。
(…何でこの人こんな可愛いこと言うんだよ。…つーか、こんな風に抱きしめるの、いつぶりだろ…)
瞳を閉じて、しばし体温が溶け合うのを感じていたその時、戸惑ったような声に現実へと引き戻される。
「…も、もしかして、本物?」
「は…?当たり前じゃないっすか」
何を言っているのかわからず、思わず顔をのぞき込んだ瞬間、赤也の動きがぴたりと止まった。
「…〜っ!」
「…っ!丸井、せんぱ…」
「見るなっ!」
慌てて隠そうとするその人の腕をとり、そのまま体重をかけたことで二人の体がベッドへと沈んだ。
ギシリ、と耳元で聞こえたスプリング音がやけに生々しく耳に響く。眼下には、白いシーツの上、真っ赤に散った髪。
「先輩、顔真っ赤…」
それに負けず劣らず、紅に染まる白い頬。
(…なんで、この人こんなに可愛いんだよ…)
「だから、見るなって言ってっ……ン、ふ…〜っ」
両腕を頭上でひとまとめにされているにも関わらず、まだ抵抗を伺わせる唇をキスで塞ぐ。
何度か啄むように触れてから離せば、とろんとした瞳でこちらを見上げる丸井と目があった。そういう表情にどれくらい煽られるかわからないだろうと思わず赤也は苦笑する。
「テニスも大事だけど、アンタのことも同じくらい大切なんスよ。だから、こんな日に一人で苦しまないで下さい」
…いつでも自分のことより、相手のことを優先してしまう。それ自体は決して悪いことではなけれど。心配する人が丸井にもいることをわかっていないのだ。
(自分の誕生日くらい、…俺にくらい甘えてもいいのに…)
もう一つキスを落とせば、何か言いたげな視線がぶつかる。
「…バカ、本当にうつったらどうすんだよ」
「大丈夫っす俺バカなんで」
「…お前、自分で言ってて虚しくなんねぇ?」
非難するようなセリフであるが、丸井の声はどこか嬉しそうだ。
「だって、ここんとこ先輩に会えなかったから、充電切れなんスもん」
丸井の機嫌が良いことに乗じて、甘えるように頭を胸に押しつければ、案の序優しく頭を撫でられた。
いつもであれば、罵倒と右ストレートが飛んできてもおかしくない。
「先輩が元気になったら一緒にプレゼント買いに行きましょう」
「…ん、」
「それじゃ、あんまり長居しても悪いんで帰りますね」
「え…」
ゆっくりと体を起こし、ベッドから降りる。
もう少し傍に居たいのは山々だが、まだ熱も高く、具合が悪そうな丸井に、無理をさせるわけにもいかない。
(…それに、こんな状態の丸井先輩といたら、俺も理性が保つかどうかわかんねぇし…)
今日、会えただけでも良しとしよう。そう思い、ドアノブに手をかけたその時、背中に暖かさが広がった。
「…行くなよ」
「!丸井せんぱ…」
「…プレゼントはいいから、…もうちょっとここにいろ…」
耳に届いた声は掠れていて、首筋に感じる吐息も熱い。
すぐにでもベッドに寝かせなくてはならないとわかっていたけれど、腰に回された二本の腕が赤也を引き留めていた。
(…これって甘えられてるってことだよな…?)
こんな風に手放しで甘えられることは、今まで一度もなかった。
「…わかりました。じゃあ今日は、先輩のしてほしいこと、何でもします」
腕をほどいて、今度は赤也の腕へと丸井を導けば、何の抵抗もなく、収まる細い体。
「…じゃあ今すぐハーゲン●ッツの苺、買ってこい」
「は…?」
思わぬ回答にたじろぐ赤也に、有無を言わせない視線を送られ、下を向いた。
(…さっきまで可愛かったのは幻か?!まあ、この方がいつもの丸井先輩らしいけど…)
先ほどの雰囲気であれば、もう少し可愛く甘えられるのを期待して赤也だったのだが、現実はそこまで甘くはなかったようだ。
(…この人にそんなこと求めるのが間違いだった…)
ため息を一つこぼし、今度こそドアノブに手をかける。
「…赤也」
「…ダッツの苺でしょ。わかってます、って……ん、…っ!」
首に回された腕と、唇に広がった一瞬のぬくもり。
「…帰ってきたらでいいから、」
数え切れない程キスをして
(照れたようにはにかむその人の願いが実現したのはそのすぐあとのこと)
fin.
→あとがき