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□数え切れない程キスをして
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「…それから丸井とは会ってもいないし、連絡も取っていないというわけか?」
「…そうっス」


呟いた自分の声がいつもとは比べものにならないくらい弱々しいもので、ふと自嘲が漏れる。立海を背負う立場となり、常に誰かに見られている意識があって、気が抜ける瞬間などなくなっていた。
しかし、それもあくまで部員の前では、の話だ。


「…全く、お前達は相変わらずだな」


小窓から差し込んだ夕日が、二人きりの部室を燃えるような赤に染めあげる。
久しぶりに向けられた柳の視線は同じくらい温かくやわらかいもので、自然と自分の頬が緩むのを感じて、思わず赤也は苦笑した。

…今日は、半年に一度のレギュラー選抜試合の最終日だった。実力がある者が上に行く。それは弱肉強食とも言える過酷なものであったが、学年など年の差に捕らわれることなく、戦うことができるフェアな場でもあった。一年前、まだ2年に成り立てであった自分も、悔しさで唇を噛みしめる他の3年を押さえ、レギュラーの地位を得たのだ。
そして、また巡ってきたこの季節。部長である赤也も決して例外ではなく、初戦から参加し、つい先ほど決勝戦で優勝の二文字を掴んできたのだった。

試合が終わり、ベンチに戻った赤也を迎えたのは、部員たちのお疲れさまという声とは反対に、今のプレーでは精一達に怒られかねないぞと苦笑しながらタオルを渡してきた柳だった。


「…それにしても、何で俺が試合中に上の空だったことがわかったんスか?それに原因が丸井先輩だってことも…」
「ふっ…お前がそういう顔をしているときは大抵丸井が原因だからな」
「…本当変わってないっスね」
「一応、誉め言葉として受け取っておこう」


笑みを深くする柳に赤也は笑みを浮かべるものの、やはりどこか上の空で、壁にかかった薄汚れた時計を見上げた。ちょうど午後七時を回ったところだ。
(…予定通りだったら、今頃丸井先輩に、おめでとうって言って、二人でお祝いしているはずだったのに…)

そう考えては一緒に迎えられなかった今日という日付を思い、またひとつため息が唇から漏れた。





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