うたぷりshort1

□喋らないで
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仕事も終わり、久しぶりに自分の部屋へと藍を招き入れたのは午後9時をまわった頃だった。

これでも今日は早い方だ。いつもならば深夜遅くまでバラエティや歌番組の収録をしていることもある。藍はまだ未成年ということもあり、労働時間に制限がある為、嶺二とはスタジオ入りが同じでも上がりは別のことが多い。しかし今日は本当にたまたま上がりが一緒になった為、思わずその手を引いて車に乗せ、ここまで連れてきてしまったのだ。

(だって、こんなこと滅多にないもんね)

それにこうして二人で過ごすことも二週間ぶりくらいだろうか。
お互いドラマ撮影に忙しく、顔を合わせることもできないままメールや電話のやりとりのみになっていたことを思い出し、嶺二は改めて腕の中の温もりに顔を埋めた。


「…レイジ、身動きが取れないんだけど」
「まぁまぁ。久しぶりなんだからちょっとくらいアイアイを堪能させてよ!ねっ?」

肯定なのか諦めなのか返ってきたのは小さなため息一つだ。

確かに後ろから抱きしめられたままでは何もできないのはわかるが、会えなかった分を埋めるように今は離れたくないのも事実で…。大人気ないなとわかっているけどと苦笑が漏れる。

次にいつこうして会えるかわからない、そんな仕事なのだから…会える時間は精一杯大事にしたい。
そう思うのは恋人なら当たり前だろう。

「アイアイ、今日は髪おろしてるんだね。新しいドラマの役柄作りとか?」
「…まぁね」

いつもは結い上げている髪をおろしている為、少し大人っぽく見える。綺麗なうなじが見えないのはなんだか少し残念だけれど…。綺麗なものが隠れていると思えばこそ美しく見えることもあるのだと聞いたこともある。が、口に出せば、藍が怪訝な顔をされることは目に見えていた為、緩い口元を思わず引き締めた。

「そうなんだ!確か超能力を持った高校生の役だったよね〜。なんか意外かも。アイアイって超能力とか非科学的なこと嫌いそうなのに…」
「…仕事だから。好き嫌いで決めることじゃないでしょ?」

返ってきた言葉も、態度もいつも通りに見えるが、何かが少し違う。
(…なんだろ、この違和感…)

「うん、まぁそうなんだけど…って、アイアイ、なんか怒ってる…?」
「別に」

別にという割には、いつもより少し声が低い気がする。
藍は自分の感情にひどく素直だ。だからその当人が怒ってないと言っているのだから、怒ってはいないのは本当のことだろう…。けれど、

「あーっと、もしかしてぼくちん、何かしちゃった?」
「…してないよ」
「あっ、暑苦しかったとか?メンゴメンゴ!」

ぱっと腕を離すも、藍はこちらを振り返らずにどこか遠くを見つめているだけで何も言わない。

これではなかったのだろうか。
他にも何か気に食わないことをしてしまった…とか?考えを巡らせて、思いつく限りのことを口にしてみることにした。


「えっと、あれかな?ぼくが今日収録で言っちゃいけないこと言ったり、ミスしたから?アイアイがフォローしてくれて助かったけど、確かにちょっと自分でもないなーって思ったよ、うん。本っ当ーに反省してるし、今後はアイアイにも迷惑かけないからさ!」

パンっと両手を合わせて、頭を下げるも藍の反応は薄い。

(あれ?これじゃなかった?)

次に思いあたるのは何だろうか。
あぁ、自分は一体ここに来る間に何をしてしまったのか。とにかく一分一秒でも無駄にしたくない。けれど正解がわからない。

ただ…藍といる時間を大事にしたいだけなのに…。


「もうおにーさん降参っ!…ねぇアイアイ、何に不機嫌なのか教えてくれる?ぼくが何かしちゃったなら謝るし、できることなら何でもするからさ…」
「…じゃあ、少し黙ってくれる?」
「へ?」

藍の口から飛び出してきたのはそんな一言で。

「ぼく、そんなにうるさかった?!気づかなくてメンゴメンゴ!あ、こういうのがうるさいのかなー?本当ぼくちんってダメタメ…」
「だから喋らないでって言ってるでしょ?」
「…ハイ、すみません…」

そうでした。黙ってくれと言われたのに、何を喋り続けているんだろう。本当に自分はどうしようもない。

(あぁ、これ以上アイアイの機嫌損ねたくないのに…って、え…?)


ふと目の前が暗くなったかと思えば、触れた柔らかな感触…

エメラルドを縁取った長い睫毛がそっと揺れる。


「…藍ちゃん今…、」
「…喋ってると、キスできないじゃない」

ふい、と逸らされた頬はほんのり赤い。今はそれを隠してしまう長い髪が惜しくて仕方ない。


「…なーんだ。そっか、そっかー」
「ちょっ!…なにすっ…」
「…藍ちゃんも同じこと考えてたんでしょ?」

もう一度その体を引き寄せれば抵抗はするものの本気ではない。
それが手に取るようにわかって、頬が思わず緩んでしまう。

…同じことを、考えていたのだ。


「…そんなわけないでしょ。大体別の個体なんだから同じことを考えてるなんて非科学的だよ」
「じゃあ藍ちゃんの考えてたこと当てたあげようか?本当はぼくに会えなくて寂しかっ…むぐっ」
「レイジうるさい!黙って!」


ああ、今度は本当に怒らせてしまったかな。

そう思いつつももう少し可愛い恋人を見ていたくて、隠された掌の下でわからないように嶺二は笑うのだった。




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