兎に角苛々していた。
そう、何もかにもだ。
例えば今日朝練に五分遅れただけで真田に捕まり説教を受けたことも、お気に入りのガムを落としたことも、数学の授業をサボってたところを見つかったことも全部だ。
なんだ、今日は厄日なのだろうか。とはいいつつ、

「ブンちゃん、お誕生日おめでとー!」
ここぞとばかりに群がってくる女子は多く、ここぞとばかりに受け取るお菓子類はかなりの数だ。これで三日は保つだろう。何せ大きな紙袋三つ分だ。タダで大好きな甘いものが貰えるなど役得であるし、可愛い女子が頬を染めながら渡してくるのも悪くない。そう、決して悪いわけではないのだが…


「ブーンちゃん。何をそんな苛々しとるん?」

ひょっこりと横から顔を出してきたのは口角をあげ、ニヤリと何か言いたそうな顔でこちらを見てくる詐欺師だ。

「なんだよ、仁王…。別に苛々なんてしてねぇし」
「そうかのぅ…。さっきから貧乏ゆすりはするわ、指で机を叩くわ、どう見ても苛々してるようにしか見えんけど?」

その言葉にハッとして、足と指先をみれば、確かに動いていて、思わずブン太は舌打ちをした。
仁王のこういうところがいけすかない。人をからかって楽しんでいるというか、おちょくっているというか…言いたいことがあるならばはっきりと言えばいいのに、わざわざこちらに気づかせようとするのだ。
自分が苛々していることなど、自分が一番わかっているというのに…

「…まだプレゼント貰えてないんやろ?赤也から」
「…うるせーなっ!お前に関係ねぇだろぃ?!」

そのくせ逆なでするようなことを平気で言うのだから質が悪い。


…赤也とは部活の後輩で、…内緒ではあるが付き合っている。つまり彼氏ということになり、仁王も含め、レギュラーには周知の事実だ。

そして今日は年に一度のブン太の誕生日。それなのに、今朝朝練で会った時も、廊下ですれ違った時も、一緒に昼ご飯を食べた時でさえ、赤也はその話を一切してこなかった。その上何のプレゼントもないし、渡す素振りも見せない。

自分だって男なのだから、プレゼント一つ貰えなかったくらいでガタガタ抜かすような真似はしないが、彼氏に誕生日おめでとうの一言くらいあってもいいのではないか。そう思うのは自分の心が狭い証拠なのだろうか。

ただ…ただ一言笑ってそう言ってくれたらそれだけで…
そう思ってしまうのは自分のエゴなのだろうか…

悶々とした思いを抱えながら、ラケバを背負うとしたその時、部室の扉が開いた。


「あれ、丸井先輩もうあがりっスか?」

入ってきたのは渦中の人物…切原赤也張本人だった。

「まぁな。今日は早く帰ってこいって言われてるしな」

母親と弟たちに誕生日会をするから早く帰ってきてねと朝から念を押されているし、部室にいても一人で悶々としているだけなのだからさっさと帰ってしまった方がいい。そう思っていたのに…

(フツーこのタイミングで会うかよ…)

よりによって苛々の原因である本人に会ってしまうとは何ともついてない。

「じゃ、俺帰るから。お先ー」

ここは一つ何事もなかったかのように振る舞うのが一番だ。
どうせ赤也のことだ。自分の誕生日など忘れているに違いない。しかしそれを責めるつもりも毛頭ない。自分から祝ってくれというのもおかしな話だし、俺は大人なのだから…そう言い聞かせて部室の扉に手をかけた時だった。

「丸井先輩、これあげるっス」
「は?」

投げられた何かを慌てて受け止めれば、透明な袋にリボンのかかったリストバンドだった。
黒の布地に白の刺繍でブン太の好きなメーカーのロゴが入っている。

「え…これって…」
「何惚けた顔してんスか。俺だってアンタの誕生日ぐらい知ってるんですからね」

ニカッと笑われて、鼻を少し恥ずかしそうにこする赤也を信じられない面持ちで見つめていると、

「ま、安もんですけどね。…じゃ、俺まだ自主練があるんで」

と、そそくさとコートに戻っていってしまった。その背中を見つめながら、お礼を言うのを忘れてしまったなと思いながらも手の中にあるそれをぎゅっと握りしめた。

まさかあの赤也から何か貰えるだなんて思っていなかった。せいぜい安い駄菓子だろうと踏んでいたのに…。
こんな…

「…こんなちゃんとしたの、聞いてねぇし…」

普段はバカでどこか間抜けで頼り甲斐のないやつのくせして、こんなの狡いだろう。
…本当にバカだ。


「ブンちゃん、よかったやないの。念願の赤也から貰えて」
「うっうるせーなっ!!じゃあ本当にもうこれで帰るからな!!」

相変わらずニマニマした仁王の表情にムカついて、部室を弾丸のように飛び出した。

恥ずかしくて、でも嬉しくて。
さっきまでの苛々なんてどこかに飛んでいってしまったように、体が軽かった。なんて単純なんだろう、自分は…。あの一言で、このプレゼント一つで、今日もらったたくさんのどのプレゼントよりも嬉しいなんて…あぁ、赤也のバカがうつったのかもしれない…。


「っと… わっ!」

走っている途中で、飛び出してきた車とぶつかりそうになり、慌てて飛びのけばその拍子に持っていたプレゼントを落としてしまった。
折角赤也から貰ったものなのにとかがんで、拾った瞬間…解けたリボンの間から何かがポロリと零れ落ちた。

なんだ?
そう思ってそれを拾いあげるとキラリと街灯に反射した。

「…これって…、」

掌に収まっているのは銀色のまあるい形の…指輪だった。
デザイン性のあるそれはファッションにも合わせられるようなもので普段していても問題のないようなもので…
ただ一つだけ、小さな赤い石が中央についていて、それがまたどこかの誰かを思い起こして、思わずぎゅっと握りしめていた。


「…はぁ …本当バカだろぃ…」

…たかが中学生の小遣いなどたかが知れてるし、これがそこまで高くないものだということもなんとなくわかる。
けれど、確かに最近帰りがけにどこかで食べようと誘っても頑なに断られることの方が多かった。
だかからそこもしかしたら自分に飽きてしまったのかもしれないなんて、馬鹿らしいことも考えていたのに…

「こんな…こんなことって…」


(…赤也はちゃんと俺のことを…)

ぐっと指輪を握りしめると、元来た道を足が勝手に走り始めていた。

早く、早く会いたかった…
会って言ってやりたいことも、一番に言ってほしいこともたくさんある。

赤也…赤也…あかや…っ!

伝えたいことが、あるんだ。
お前に…。

一番にお前に言うから…

だから、待ってろよな。



(…ありがとう。…お前が、すきだ)







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