■ダストボックス■

□バレンタイン
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目の前にある小さな包みを見下ろしながら、俺は思わず顔を歪めた。

リビングのテーブルの上。きらびやかなラッピングが施されたソレは、小さなメッセージカードが挟まれていて。
隙間からチラリと伺える宛名には『Dear.ZACK』。

よく知った宛名の相手を思い浮かべながら、沸き上がるのは溜め息と焦燥と、酷く小さな胸の痛み。
その包みは既に二日前から、自分の手元に所在なさげにポツンと置いておかれていた。
そう。これは、二日前。恥ずかしい思いをしながら自分で買って、手書きのメッセージカードを書き、最愛の相手…自分の恋人へ向けて渡そうと用意していた代物だった。…だったもの、だ。それは既に過去形で形容されて然るべき存在に成り果てていた。

世を賑わすバレンタインは数時間前にめでたく終わりを迎えていて。
そのイベント用に用意していたそれは、その時間が過ぎてしまえばただのモノ。何の意味もなくなってしまう。意味のなくなったものを相手に渡せるはずもなく、厄介なその代物の処分の仕方について考えているところだ。中身を開けて自分で食べて、全てなかったことにしてしまおうか、それともせめて。何の意味を持たなくとも愛しい人に食べてもらうため、今日のおやつの時間までそれとなく取っておくか。
そのどちらにしろ、自分の気が済むとは思えなかったけれど。

「…阿呆らし。」

(もぅ、食べちゃお。)

考えていることが無性に面倒臭くなってしまってた。包みを手に取りカードを引き抜く。その中に書いた言葉は、今考えるとあまりに恥ずかしいもの。この浮かれた甘い雰囲気に乗じてならば普段言えないことでも伝えられると思ったけれど…その気は消え失せてしまった。

「……バァカ。」

ここには居ない存在にポツリと呟く。
仕方のないことだと頭では分かっていても、心は理解していなかった。
納得いかない。割り切ることが出来ない。

(だって、寂しいんだ。)

逢えると思ってた分、反故にされたときに訪れる寂しさや悲しさは、鋭い刃となって自身に突き刺さって。開いた風穴には冷たい風がぴぃぷぅ吹き荒んでいた。

(馬鹿ザックス…、守れない約束なんてはじめからするなよ。)

アンタが欲しい欲しいと喚くから恥ずかしいと思いながらもチョコを買って、二人きりで過ごそうななんて俺のこと本当に大事そうに抱えて甘く囁くもんだから。興味ないとか言いながらも、実は俺、その日をアンタより楽しみにしていたんだよ。

アンタの喜んでる顔が見たくて。包みを受け取って手紙を読んで。俺、笑って抱き締めてくれるアンタを想像してた。一人で勝手に幸せな気持ちになってたんだよ。馬鹿みたいに。

馬鹿みたいだ、本当に。

「俺の、バカ…。」

メッセージカードをくしゃくしゃに丸める。丸めた紙と一緒にぐしゃぐしゃになった気持ちも込めてゴミ箱に投げ捨てる。
カタン、と音がして吸い込まれてゆく紙くず。
その軌跡を目で追いながらひとつ、溜息。
手元の箱を開けて中身を取り出す。コーヒーはブラックが好きなくせに甘党なんて矛盾してる相手を思い浮かべながら口の中に放り込む。
甘くてほんの少しだけ苦い風味。

「あま…。」




END


*バレンタイン用に用意した話だけど、間に合わなくて断念。



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