■ダストボックス■
□学生3
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俺は、卑怯だと思う。
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「クラウドはさ、今好きな奴いるの?」
俺の部屋で、互いに雑誌を読みふけっている最中、ベッドを背もたれにして座っていたザックスから何の突拍子もなくそう聞かれた。
俺は読んでいた雑誌から視線を上げてザックスを見る。
彼は雑誌を読む手を止めない。その姿を確認し、俺自身も視線を雑誌に戻した。
「いるよ。」
捲ったページには最近出たバイクの特集が組まれていた。性能や機能が事細かく書かれた箇所を辿りながらそう返事を返すと、えっ、という驚きの声とガタガタッという酷く耳障りな音が鼓膜を振るわせる。それと共に、目の前の最新バイクの写真が揺れた。テーブルの上に雑誌を置いて読んでいたのだが…ザックスがぶつかりでもしたんだろう。
彼は先程よりも些か大きな声で、痛みを訴えていた。
「ザックス、五月蝿い。」
眉を寄せて騒音の元凶を睨みつけてやれば、大柄な男が背中を丸め、右足の親指をさすりながら涙目になっているなんとも情けない姿が目に入る。
「何ふざけてんの。」
再び雑誌へと視線を戻し、文字を辿る。
「ちがっ、足延ばしたらちょーどテーブルが…。」
慌てて否定する声と、再び。鈍い音と短い悲鳴が耳に届いた。
「壊さないでよ、人んちのモノ。」
小さく息をつきながらそう言えば、呻き声と共に近寄ってくるよく知った気配。
バサッ、という音と共に目の前にあった雑誌が視界から消えて、すぐ傍まで来ていたその気配の主を見やれば、先ほどまで俺が読んでいた雑誌片手になんともふてくされた表情をしているものだから、俺は思わず、本日二度目のため息を漏らした。
「お前な、まずは俺の心配しろよ。この場合さ。」
手に持っていた雑誌を無造作に床に放りながら何とも勝手なことを言う。
そもそもだ。
この男は。いつのまにか家に上がってきて、勝手知ったるなんとやら。冷蔵庫から飲み物、戸棚からスナック菓子を取り出して俺の部屋に押し掛けて来て。無遠慮に俺のアフタースクールを侵害してきたかと思うと、そうすることがさも当然のようにベッド脇を陣取り、本棚から抜き取った雑誌を読みふけるのだ。同じ高校に入って半年経った頃からほぼ毎日、そんな生活が続いていた。
(全くどうかしてる。)
「アンタは頑丈だから、大丈夫だろ。」
恨みがましい顔に気付かないフリしてしれっとそう言ってやれば、酷いヤツ、と軽く頭を小突かれて。
「ザックスこそ、最近どうなの?ここんとこその手の噂聞かないけど。」
突かれた箇所を軽く撫でながら口を尖らせて逆にそう問い返した。
要所要所のザックスが自分にする扱いがなんだか、子供にするそれのようで、胸がざわつく。
ここんとこずっと、…もしかしたら本当はもうずっと前からか。俺はこの男と対等の位置にいたくて仕方がなかった。
昔から何でも器用にこなす出来の良いヤツだったから俺は密かに憧れなんて抱いていて。そう、中学の頃は確かに、そんな尊い感情を抱いていた心が今は。ザックスに対してライバル心や劣等感を抱くようになっていた。
ザックスが中学を卒業して、俺が高校に入学するまで離れていた間に開いてしまった時間が、ザックスと自分の距離を酷く遠いものにしてしまったような気がしていた。
…その一端に、ザックスの女遍歴があったりする。
俺の問いに、ザックスは予想外だったのか。目を丸くしてきょとんとしていた。
そういう無防備なトコは、昔から変わらない。
「オレ?今フリーだからさ。噂立つようなこともしてないし。」
へらへら笑って言った言葉に、信憑性などありはしない。
「ウソ。」
「嘘じゃないって。」
「じゃ、冗談?にしては面白くないよ全然。」
「…お前、オレのこと何だと思ってんだよ。」
溜め息と共に、ザックスは力なくうなだれながらそう呟く。
普段は確かに男の俺から見ても格好いい奴だけど。こうしてると何とも情けなく映る姿が、女子からしたら可愛いと評されるんだから全く、彼女らの感性は理解し難い。
机の上に頬杖をつきながら、すぐ傍に置いておいた緑茶のペットボトルに手を伸ばす。
「手当たり次第って聞いた。」
「は?誰に。」
それに口を付けてのどを潤して、ポツリとそう漏らせば、先程と打って変わって酷く真剣な表情で見返されるもんだから。内心少し焦りながらも表には出さず、変わらぬ口調で返事を返した。
「レノ。」
名前と共に、頭に浮かんだのは赤髪の緩い顔。
高校に入ってからのザックスの友達らしいけど、掴み所のない飄々とした男だ。以前はザックスを通じてしか言葉を交わさなかったけれど、最近は屋上で頻繁に会うようになっていて。
互いにたわいもない会話を交わす程親しくなって、レノと一緒にいる時の空気が居心地良くて、彼と話すことが実はここのところの一番の楽しみだったりもしている。
その会話の最中、ザックスの話が頻繁に出るのはまぁ自然な流れで。
俺の知らないザックスのあれやこれやを聞いていると、必然的に挙がるのは何人もの女の人の名前。
レノからのあられもない話の数々に、最初こそ昔馴染みのよしみでフォローなんぞしていたのだが、最後の方は呆れて何も言えなくなってしまった程だ。
「あの野郎…。」
横から不穏な声音が聞こえたけど、レノに怒るのはお門違いもいいところだと思う。
自業自得って言葉、今のザックスになんて相応しいことだろう。
けど。
(そんな怒るようなことか?)
いつものザックスなら、ふざけて揶揄してそれで終わりになる筈なのに。
今回に限ってはやけに突っかかってくる相手に首を傾げた。
「クラ、他には何吹き込まれた?」
「吹き込まれた…って。別に…」
真っ直ぐ見つめてくる視線を受け止められずに、ザックスから顔を背けてしまう。何となく気まずくてしどろもどろになってしまった自分がもどかしい。
(別にやましいことなんかないのに。)
「つか、お前レノと仲良かったっけ?」
「え?…うん、まぁ。会うと喋る程度だけど。」
ザックスの雰囲気に気圧されてしまい、なんだかありのままを言い損ねて。
俺の言葉にふーん、と気のない返事を返すと、ザックスはおもむろに俺の隣に腰を下ろした。
「なぁ、…でさ。話は戻るけど。」
「うん。」
「お前、好きな奴いるっての…マジ?」
淡々と抑揚のない声で話すザックス。
やっぱりおかしい。
「だったら何だっていうのさ。」
「いや、うーん。何って別に、」
聞いたまま黙ってしまったザックス。気まずい雰囲気が漂う。
END.
*尻切れTONBO☆
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