戦国

□歌う少女
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「…何かもう…嫌になるわ…」


村が見渡せる小さな丘にある大木の根元で膝を抱え込んで座り、かごめは呟く。


事は一刻前に遡る。
犬夜叉に無理を言って、現代に戻ってきたかごめは久しぶりの学校でテストを受け、井戸の向こうで待ってくれているだろう犬夜叉のために急いで戦国時代に戻ってきた。

しかし、井戸を出てみると犬夜叉の姿は無い。その時ちら、と御神木の上辺りに白く怪しい数本の光りの筋が見え、全てを悟った。


ああ、彼の巫女が来ているのだ―――――


犬夜叉と桔梗は五十年前将来を誓い合っている。たとえ桔梗が死人だろうとあの二人は愛し合っている。


「そんなことわかってる…わかってるのに」


頭で理解するのは簡単だ。だが心が追いついていかない。
桔梗との逢瀬なぞ飽きるほど見た。その度に重なる、強い嫉妬。犬夜叉と出逢う前は考えもしなかった感情。


「…桔梗にはかなわないのに…ね…」


黒々とした嫉妬がかごめの心の中を支配していく。まるで四魂の玉の汚れが強くなるように…


「あーもう、やめよう!私らしくないじゃない。私は私!!他の誰でもないわ」


ここで切り替えせるのがかごめの強さ。今まで仲間たちや周りの人間を助けてきた。


「あっ、そうだ!!」

かごめは何か思いついたように木の根元から離れ、三歩進み出て息を思いきり吸い込んだ。




「…桔梗…傷はもう大丈夫なのか?」


「心配するほどの傷ではない。それにこの身体は紛い物だ。痛みも感じぬ…」


桔梗は妖怪退治をしていたのだが、その妖怪というのがかなりの曲者で何とか退治はしたが妖怪の爪が桔梗の腕を擦ってしまったのだ。


かごめの帰りを井戸で待っていた犬夜叉がにおいを嗅ぎ付けて来たところ、桔梗が御神木で倒れていた、ということだった。


「桔梗……」


「犬夜叉、早く仲間のところへ帰れ…。私ももう行く。」


そう言うと死魂虫を引き連れ、森の奥へと去っていった。



暫く桔梗を見送ったあと、はっと我に返る。そして微かに匂う、かごめの優しいにおい。


「かごめ…こっちに来てるのか?」


においの方へと火鼠の衣を翻し駆けていく。


来ているのならば知っているだろう…今の自分達の束の間の逢瀬を。今かごめに会うということは彼女を傷付けることになる。

(それでも…!!)


確かに犬夜叉は桔梗を愛していた。だが、会って癒されることなど一度もなかった。あとに残るのは罪悪感と彼女を救わねばならぬ、という責任感だけ。



(都合がいい、なんてわかってる。桔梗と会った後の後味の悪さをかごめで拭おうなんて…)


(でも、もしかごめがいなくなったら………おれは……生きていけねえ)


やっと手に入れた居場所。気が遠くなるほど探し求めていた。知ってしまった温かさを手離すことなど、できやしない。


「ん?なんだ、この声…」


立ち止まり、どんなに遠くの音も聞き取る自慢の獣耳をぴくぴくと動かす。どこからか聞こえてくる小さな声。


「……かごめの声…か?」


再び走り出し、かごめの元へと急ぐ。はやく会いたいと願ってやまない己の気持ちと共に――。



村外れの小さな丘の上にかごめはいた。いつの間にか日は暮れて空は紺色。その紺を仰ぐように見上げて立ち、微笑を浮かべながら歌っていた。


犬夜叉にとってはその姿は美しく、しかし綺麗すぎてこの世の者ではない気がした。


「かごめッ…!!」


思わず肩を掴んで自分の方に引き寄せる。彼女がどこかへ消えてしまわないように。


「きゃっ、何!?………犬夜叉?」


いきなり後ろから引っ張られ、気付いた時には目の前に緋色が広がっていた。

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