チェックメイト

□第五章
2ページ/4ページ






肉、肉肉肉肉。
肉の塊。
わたしはペテロさんの話がすんだあと、それをがっついていた。
勿論、食堂でのことである。
移動する直前、あの女の子から視線を感じた。きっと、わたしのこと警戒しているに違いない。ヒソカさんはそう、面白そうに言った。
あなたと違ってなつかれたかも知れないじゃないですか。なんて言ってみたらヒソカさんが薄暗い笑みをまた深くして、そうだといいね、だなんて笑った。



「僕は思うんだけどさ、君って、殺人鬼としては致命的だよね」
「はい? 致命的、ですか」
「殺人者としても致命的だけど、殺人鬼としても致命的だよ。殺すことに長けているけど、殺すことはみあっているけど、でも、殺すことに傷がある、なんていうのかな、殺人者らしくない、殺人鬼らしくない」
「なんか酷い言われようですねえ、わたしが何かしましたか」
「なにかしたっていうかなにもしてないっていうかさ、君には、殺意ってやつがないんだよ。殺すぞって殺意がない、殺人者らしくない殺人鬼らしくない」
「プロならば殺意を消せますよお、殺意なんて上等なもの持っていたら、殺害出来ないじゃないですか」
「君のはプロだからなんて理由じゃないだろう。大体、プロでも殺人鬼の場合は殺意を抑えない場合がある。威嚇にも出来るしね」
「………」
「君には殺意がないんだよ。まるっきりない、少しも、全然ない。それなのに人を殺すんだ。それって、車に乗ってないのに車の交通事故に合うようなものなんだよ」
「わたしから言わせれば殺意がないから殺害出来ないっていうのがまずおかしいんですよお、なんですか、ヒソカさんは今流行りの理由なき殺人には反対な人なんですかあ?」
「そうじゃない。ただ君に対しては反対な人なんだよ」


ヒソカさんはカードに目をやりながら、わたしにそういった。なんて酷い人だ。そう思いながら、フォークごと肉をかじる。がちりといういかにも痛そうな音をたてながら、肉だけを引き抜いて、フォークを肉にぶっさした。


「なんか、殺意がないと戦う気が薄れるんだよねえ」
「わたしとヒソカさんは戦う予定がないので大丈夫です」
「本気で言ってる?」
「本気ですよお」


口に肉を運んで、飲み込む。咀嚼を繰り返して、飲み込む。何度も飲み込んで、わたしはヒソカさんを見た。


「つーか、ヒソカさん。わたしと戦いたいんですかあ? 今日はあんまりお勧めしませんよお」
「なんで」
「今日はお腹が一杯だからです」
「……?」
「殺したんですよお、今日は」


舌舐めずりをする。ペロリと舐めた唇の先が唾液の水分で濡れる。


「本当は試験終わるまで我慢したかったんですけど、そうも言ってられなくなって。いやあ、駄目ですよねえ、まだまだ若いですから、どうにも体力的に余力がありまして」
「いつの間に?」
「さっきここに乗り込む前です」
「……どのとき?」
「ヒソカさんと一緒にカの撲滅方法について話していたときですねえ、ヒソカさん、前向いていたじゃないですかあ。そのときにササッと殺っちゃいました」
「嘘?」
「嘘じゃあありませんよお、本当です」


そう言って、笑ってみせるとヒソカさんがうろん気な顔でわたしを見てきた


「血がついてない」
「わざわざ血を浴びるわけないじゃないですか」
「悲鳴がなかった」
「一撃必殺ってやつです」
「……死体は?」
「落としました」


ナプキンで口許を拭って、フォークを置く。


「いい顔でしたよ。また来年があるっていう戦場からでも帰還した兵士みたいな顔でわたし達を見送るんです。酷く滑稽で、笑えました」

わたしに殺されるともしらないで。本当に笑えます。

「自分が生きているのが当たり前だって顔してお笑い草ですよお、来年だなんて、そんなの簡単に来るわけないじゃないですかあ。今生きているのだって不思議だというのにねえ」


わたしはイスから立ち上がる。キキッとひきつった音が聞こえてきた。


「人は簡単に死ぬものですよお、全く、皆分かってない」
「どこ、いくの」
「腹ごなしにあと二三人バラしてきます。受験者はやるわけにはいきませんから、この船に乗っている従業員さんにすることに決定しました。こんな美味しいものを作ってくれた人ですから、さぞかし美味しいんでしょうね」
「君」
「はい?」


首を少し倒すと、ヒソカさんは納得した様子で頷く。

「やっぱり、殺人鬼として致命的だよ」
「殺意がない、ですか」
「それもだけど、君は人を殺すことになんにも思ってないから」
「無関心、無感動ですか」
「無感動とかそういう問題じゃないよ。知り合いに君みたいなやつがいるけど、彼は君みたいに比喩じゃなく『食べるように』とか『喋るように』とか、そんな殺し方はしない」
「してたら人格疑いたくなりますよお」


わたしがいうのもなんですけどね。


「本当に日常茶飯事なんだね」
「日常茶飯事というか、これがわたしの日常です」
「日常、ねぇ。案外君はイルミと気が合うかもね」
「イルミ? さっきのわたしに似てる人ってやつですかあ? わたしに似ているねぇ……そんなの鏡の中でしか見たことがありませんよお」
「鏡の中の人物は君だろう、それに君には似てないよ。彼は誰にも似てない。どっちかというと君が彼に似てるんだよ、まあそれでも君が彼と同じと言うわけじゃあけしてないんだけどね」
「うん? 意味が分かりません」
「それに君はどちらかというと―――と同じだし」


ヒソカさんは意味の分からない言葉ばかりをくり出す。わたしはそんなヒソカさんに辟易して、食堂から出ていく為に足を動かした。

途中でヒソカさんが、わたしに軽い声を投げ掛ける。わたしは緩やかに振り向いて、口角をゆっくりとゆっくりと持ち上げた。


「いってきます」




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ