チェックメイト

□第二章
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食事をすることと殺すことの違いがわたしにはよく分からない。食べることは頂くことで、食べることは戴くことで、食べることはつまり――喰らうことだ。むしゃむしゃばりばり、おいしいなあである。
殺人もわたしにとっては同じことだ。むしゃむしゃばりばりおいしいなあ。殺すことは食べることと同一。同種。
だいたいものを食べる為にはものを殺さなくていけない。だったら殺すことは食べる為の前段階、前半戦、プローグだ。

流石に人間は食べたいとは思いませんけどねえ。








「よく走りながら食べられるね」
「ヒソカさんこそよく走りながら喋れますね」
「それは君もだよ」


試験開始から二時間たったぐらいでわたしはやっとヒソカさんに追い付いた。とはいえ、わたしは走る速度をかえていないから、どちらかというとヒソカさんのほうがわたしにあわせて速度を減少させて走ってくれた、みたいな感じなのだけど。
ともあれ、わたしとヒソカさんは並列に並んだ。コンパスの違いから少しヒソカさんが前に出るが、歩数の多いわたしがすぐに並ぶ。


「お腹減って食べないと走っていられませんよ」
「普通は食べてると走れないよ」
「消化に悪いとか知りませんから!」
「うーん、胸を張るようなことじゃないと思うなぁ」
「ヒソカさんはよくお腹が空きませんね、わたしこんなに人が居て、お腹が減って仕方がありませんよお、何か食べてないと、失神してしまいそうです」
「……こんなに人がいて?」
「ヒソカさんも食べますか? 美味しいですよお、ポテト」
「いや、遠慮しとく」


手でヒソカさんがポテトを遮る。
油ものが嫌いなんですかねえ、それかカロリー気にしているとか。女子高生か。

油のついた手ごと舐めとる。滑りとした感触が舌先から感じられた。
カロリーとか気にしなさすぎるわたしが悪いんですかねえ。


「それにしてもいつまで走らせるつもりですかねえ、足に乳酸溜まりまくりですよ」
「さあ? それは試験管に訊かないと」
「聞いたって答えちゃくれませんよお、先に断り入れられちゃいましたから」
「じゃあ打つ手なしだね」
「ちえー、ヒソカさんだったら知ってると思ったんですけど」



ブツッと言葉を吐き出しながら、ヒソカさんの早まった足の動きに合わせる為に歩数を増やす。マイペースだなあ、一定の走りかと思えば、規則性のないペースに早変わりする。気分屋で雨雲みたいな人。


「そーいえば、ヒソカさん去年試験受けたんですよね? 砂鉄……いえいえサトツさんは試験官さんじゃあ、ありませんでした?」
「違うよ。第一次試験官は最も体格のいい男だったからね」
「じゃあやっぱり毎年違うんですねえ、試験官さん。わたしのときは第一次試験官さんは女の方でしたし」
「あれ? 君、新人じゃないの?」
「新人じゃあないですよお、一応これでも二回目です。新人に見えます?」
「見えないこともないけど、でも、去年はいなかったよね」
「わたし、少し事情がありまして、去年は不参加だったんですよ。でも今年は晴れて参加出来ました」
「ふうん、そうなんだ」


不参加、というか参加しなかったというか出来なかったというか、流石に二年前試験官を殺した身としては自重は必要かなと思って一年飛ばしたんですけど、ヒソカさんみたいな人が去年いたならば、いけば良かったなあ。
きっとそうしていれば楽しかっただろうに。


「で、なんだかさっきから要領をえないね。僕に何が訊きたいんだい?」



瞬間的に訪れる寒気。どうやら、本格的に鬱陶しがられているらしい。分からないでもない、わたしはヒソカさんになんでもないことを聞き、なんでもないつまらないことを喋らせている。どうでもいいことを聞かれてべちゃくちゃ喋られるのは不快を通り越して不愉快だ。憎悪さえ生み出し兼ねない。

でも、そんなこと言われてもわたしは困る、だってわたしはヒソカさんに、ヒソカさんという人物に興味があるのだから。――興味、陳腐な言葉。


「何もかもですよお。何もかも訊きたいんですよ。ラブコールとでも受け取った方がいいですかねえ、わたしはヒソカさん、あなたに好意があるんです、しかもそんぞ其処らの好意じゃない、尊敬に値する好意です。好きなんですよ、強い人が。強くてそれでいてまだ強さを求める人が好きなんです」

だからヒソカさんのことも好きなんです。

そう言うと、ヒソカさんは目を点にさせた。
あれ、なにか、おかしなこと言った……?

自分の言葉におかしな点があったか思い返す。心あたりが多すぎてあげられない。ヤバい、わたしはなんて迂闊な言葉を並べたてちゃったんだ。バックです時間!


「く、あははっ」


へ?
え、なんかいきなり笑われた。地味にショック。というか意外に可愛い笑い方だ。ギャップ萌えでも狙っているんでしょうか。


「何を企んでいるかと思えば、好意? 尊敬? あははっ、拍子抜けだよ。君よくそんな明け透けな理由で人と付き合えるね」
「人の好意を無下に扱う人は馬に蹴られて死んでしまえばいいですね」
「でも、合格。君は見込みがありそうだ。君の目は死んでないみたいだしね。リゼだよね? 僕はヒソカ宜しくね」
「いやだから、ヒソカさんのことは知ってますよお。……うふふ、よろしくお願いします」


どうにもこの人はわたしを疑っていたらしいけど、さっきのお惚け発言で、毒気を抜かれてしまったらしい。ラッキーとガッツポーズでもしておこう。


「よろしくの意を込めて握手しません?」
「え、それは嫌だな」
「なんでですかっ」
「手が油でギトギトだから」


案外、この人潔癖なのかもしれないと、無駄に思わせられました。
……取り敢えず、第一次試験が終わったら手を洗おう。




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