チェックメイト

□第三章
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「人を殺すのは簡単だよ」
ヒソカさんはそうわたしにいった。彼にしてみればきっと暇潰しの一貫であったのだろう。彼は息も乱さずに、前にいる砂鉄さんを見ながらいう。その言葉はあまりに現実を帯びておらず―――そこが逆にわたしには現実を映し出しているように思えた。
きっとこの人は、人を簡単に殺せるのだろう。そしてそれを躊躇わない。異常な思考回路だと思う。
――だけど、わたしも人のこと言えませんからねえ。
異常なのはわたしも同じだ。だってヒソカさんの言葉に同意をしているのだから。わたしも、思う。人は簡単に殺せると。というか、簡単に殺せない人などいないだろう。人は人を殺すとき、躊躇わなければ人は簡単に殺せるのだから。罪悪感や恐怖を覚えない限り簡単に。それは人を産む苦しみに反比例して、簡単に。

何かを壊すのは、存外簡単なんですよねえ。

「簡単過ぎてつまらなくなるときって、ヒソカさんはないんですか」
「つまらなくなったことはないかな、飽きちゃうときはあるけれど」

つまらなくなったときと飽きたときの違いはわたしには分からないけど、ヒソカさんは違うのだろう。納得しきれないような気がするけど、考えないようにする。

「君にはないの、殺していてつまらなくなっちゃうとき」
「……ヒソカさんはこんな可愛い女の子が人を殺したことがあるとか思ってるんですか」
「あるだろ、殺したこと」
「ありますけど……」


その断定具合がちょっと……。つーかよく分かりましたね、そんなこと。

「人を殺したことはありますけど、そんなにしょっちゅう殺したりしませんし、それにつまらなくなったり、飽きたり、下らないなあとか思ったりはしたことないですよお。なんていうんですかね、なんとも思わないっていうか」
「……現代社会の闇的人なの?」
「そういうんだったらヒソカさんは殺人者の典型的な標本ですよ。……というか違いますよお、闇なんかじゃあありません、無感情というわけじゃなくてですね、簡単に言えば、土を踏んでいるときと全く同じ気持ちになるんですよお。いうならば当たり前だというのかな。呼吸するとき空気中の酸素を体にまわしているのと同じように、わたしは当たり前で人を殺すんです」
「………」
「とはいえ、年がら年中人を殺しているわけじゃありませんよお、流石にわたしは世界人口をどうにかしたいとかは考えていませんから。殺したいときに殺したいだけ殺して、殺したいだけ殺す。それが心情です、それが心中です」
「……ただ誰かを殺したかったって、最近の殺人鬼はよく言うらしいけどさ、僕はあんまりそういうの好きじゃないな、なんだか言い訳がましそうな感じがしてね、それにただ殺したかったなんてそんなわけないだろう。殺しをして何かをどうにか変えたかった、そんなところだろうね。殺すことによって変化を求める。人殺しというのは中々にその人物の今後を左右するから」
「人殺しによって左右される人生を持つ人なんて、所詮それまでの人ですよお、だって人を殺すのは結構造作もないですもん」

というか人を殺したことによって訪れる転機などあるんですかねえ。わたしはぱくりと梅干しをほうばった。わたしの人生では人を殺す人ばかりしかいなかったから、どうにも人を殺さないで生きている人というのは想像しにくい。そんな人いるんですねえ。
―――そんな人になろうとした人はいたけれど。
でもその人は結局、人を殺さない人にはなれなかった。

人生の転機
人生の転帰
人生の転記
人生のターニングポイント
そんなものある人は、きっと幸せな人なんだろう。残念ながらリゼちゃんは、ターニングポイントなるものもないし、人生で転機となる場所があったわけでもない。
わたしは人を殺さないでも人殺しだったし
わたしは生まれたときから人殺しだった


「君はそいいう人間じゃないの?」
「ヒソカさんは何かを変えたくて人を殺したりします? つーかわたしはわざわざ人を殺したかったなんて言いませんよお、だって人は簡単に殺せるんですから、そんなストイックに人を昔から殺したかったなんて言いません。わたしだったらそうですねえ、人を殺すことは普通だから、殺したってところでしょうか」
「普通……ねえ」
「例えば、わたしはよくこう言うんですけどね、食べることは殺すことなんだと思うんですよお」
「食事と殺人ね、カニバリズムとか言うやつかい?」
「まさかまさか、人食は好みません。美味しくなさそうですしねえ。わたしが言いたいのはそんなことじゃあありませんよお。ほら、食事はものをいただくじゃないですか、豚ちゃんや牛さんの命をいただく、それってつまり命をいただくってことじゃないですか」

戴きます。頂きます。命を、いただきます。
つまり、生物を食らう、食す。……殺す。
わたしはそうやって食物連鎖しながら、毎日を生きていく。行き続けていく。

「そんな消えていく、食されていく命の中で人間だけ食されないっていうのはあり得ないじゃないですかあ、命は簡単に消えるものです、誰であっても、何であっても。平等に、食物連鎖ですから」

わたしが誰かを殺したら、人の胸の上には鳥が羽を広げて嘴でつつくだろう。蟻が群れて葬列をつくるだろう。虫がわいて細胞を破壊するだろう。
ぐるぐる回る食物連鎖。殺すことは食べること。食べることは殺すこと。
食べるのだったら他人を蹴落としてまでも食べろ。
殺すのだったら他人を殺してまで生きろ。


「微生物達に餌を与える為に人を殺しているってことかい?」
「湾曲しないで下さいよお、わたしはそんな偽善じみたことはしません、微生物達に餌を与えることになるのは結果です。わたしは流石に殺しに対する罪をそうやって押し付けるつもりはありませんしねえ、でもヒソカさん、思いませんか」

ヒソカさんはわたしを見詰めた。細く尖った視線が絡む。

「食べることと殺すことの違いなんて、卵が先か鶏が先かみたいな、些細な差じゃないのかってね」
「因果のジレンマと食事と殺人を同列にあげるのは少し違うと思うけどね」


むっとむすくれる。確かにちょっと比べるものが違うかもしれませんけど。
でも大体同じものですよお。
絡んでいた視線を元に戻すと、あれれ、おかしなことに霧が砂鉄さんとわたし達を別つように眼前に横たわっていた。先の状態がよく分からない。
ここら一体は木が生えてはいるものの草原のように滑らかな地形をしている。しかしそこを越えてしまうと、先は紫煙に包まれ、ぼんやりとしか見えない。

……えっーと、これって。
つまり、『ついてきて下さい』っていう砂鉄さんを見失ったってことですか……? 話しに夢中になりすぎて?

「おーまいがー」


いやいや、本格的にヤバイですって。
どうすんの、この状況





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