チェックメイト
□第六章
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72時間。
三日分に相当するその時間をこの高く聳え立つ塔に捧ぐというのは何とも言いづらい複雑なものがあると話をきいて思った。
ヒソカさん。
そう言いながらわたしはヒソカさんに近付く。彼は顎に手を当てて何かを考えていた。何を考えているのだろう。わたしには分からないが、難しいことを考えているのは分かる。
「うあああああぁあ」
断末魔を聞きながら、このトリックタワーの攻略法を考える。今の断末魔は塔の外壁を登り降りようとしていた人のものだ。つまり、外壁からの登り降りは危険だということになる。
……塔の中へと移動出来るとかですかねえ。
どこかに階段があるとか。
それらしきものはないんですけどねえ……。
名前の通りトリックタワーなんでしょうか
なんにせよ、ヒソカさんと話をしますか
足早にヒソカさんに近付くと、途中でガタッと視界がぶれた。
「あ、れ」
目の前にいたヒソカさんが驚いたように目を見開いた。顎に当てていた手が此方に伸びて、わたしの手を掴もうとしてくる。
だけど、その手が空をきって、わたしの視界は黒くなった。
「ヒソカ、さん」
呟いた言葉が泡のように消える
水の中から発した言葉が、空気を揺らしてヒソカさんに届いたような気がした。
いたたたたっ。
声をあげようしたが、喉がいがいがして掠れた声しか出なかった。わたしは喉を撫であげて何度か喉を突き上げて、痰を吐き出す。
埃っぽい部屋。
目を凝らすと、砂と埃が混じった空気が舞い上がっていた。
あっちゃあ
トリックタワーの中に行く方法、それはこれか。
上から足音がきこえてきている。わたしの頭上は切れ目が入っていて、砂混じりの土が少量ながら舞い降りてきていた。
さっきまで踏んでいた地面、なんでしょうねえ。
頭にかかった砂をはたき落として、見上げた。
回転式の屋上。なるほど、確かに中に入る方法だ。
「ヒソカさんと別れちゃいましたか」
だけどそれは良かったような気がする。この頃のわたしは少しおかしい。考えるという意味で一人になったほうが得策だろう。
「……昨日だって殺す気はなかったんですよお」
言い訳だけど、独りことを言ってみる。わたしは確かに昨日、人を殺すつもりはなかったのだ。
人を殺すのを誰かに見られたら警戒されてしまうし、何より心象が悪いだろうから、とヒソカさんに言い聞かせ、トンパさんにも言ったような気がするけれど、残念ながらわたしはそんな理由で人を殺さなかったわけではなかった。
ただ、ヒソカさんという大物を前に小物で腹を膨らさすというのは、殺人鬼として良くないと意識のうちに思っていたのだ。つまりは獲物を目の前に戦意喪失しないようにと集中力を高めようとしていた。残念ながらそれは失敗に終わってしまったのだが、いつもならば成功する常套手段なんですけどねえ……。
なにがいけなかったのか。いや原因は分かりきっているか。
あの老人だ。
あの殺せないお年寄り。
彼処から狂い始めた
足を左右動かして、部屋を出て通路を渡る。蝋燭の光により足元は仄かに照らされてはいるものの、足元は薄暗く、危ない。
きっと地下通路なんかはこのぐらいの薄暗さなのだろうと納得してしまうような明るさだ。順応までまだ時間がかかるらしく、視界はまだまだ霞み霞みである。
「あれで自信喪失ですかあ……」
殺人鬼ですもんねえ、わたしって。殺せなかったら自信も喪失しますか。喉からひきつる笑いが溢れた。
わたしは、弱い?
弱い、でしょうねえ。でも弱者ではない。わたしは強者であると思う。他人をほふることが出来るから。他人を喰らうことが出来るから。わたしは、弱くはない。でも、それは強いことと同等ではない。
わたしは、殺人鬼だ
強者でありながら強くない
弱者でありながら弱くない
人を殺すもの
殺人鬼。
殺しの鬼。
「その殺人鬼が殺せないなんて、お兄ちゃんに言ったらなんて言われるか」
なんて言ってみたところで、お兄ちゃんがもうわたしに声をかけてくれることなんてない。彼の喉は潰されている。蚊のなくような音でさえ、出すのは困難な筈だ。声帯を、潰されてしまったから。あの、男に。
わたしが殺したあの男に。
「……怖いですよお」
人を殺すことは怖くない。でも殺せないことは怖い。だって、わたしが殺せず死んだら、お兄ちゃんが、死んでしまう。お兄ちゃんが殺されてしまう。お兄ちゃんはもうわたしを守ってはくれないのだから。お兄ちゃんはもうわたしが守らなければいけないのだから。
わたしは生きなくちゃいけない。
生きて、いかなくちゃいけない。
生きることは、殺すことだ
生き延びなくちゃいけない。
生き続けなくちゃいけない。
誰を殺しても、わたしは生きて生きていかなくちゃいけない。その為に人を殺しているんだから。その為にわたしは何百と人を殺してきているんだから。何千と殺してきているんだから。殺した人に申し訳がたたないことはやっちゃいけませんよねえ。
なんの意味もなく死んでいった人達に面目がないから、精一杯生きなくちゃいけない。
殺すことに意味はないけど、殺したことに重みはある。枷ではないけど、精一杯生き延びさせて貰おうとはなる。
「殺人鬼もそこまでいいものじゃあありませんよお」
とはいえ、そこまで悪くはないのだけど。
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