Thank

□四月分オムニバス
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【沖土】



「あ、つくし。」

市中見廻りで土手沿いを歩いている途中、沖田が江戸には珍しい剥き出しの地面の上を指した。
土方と沖田の脇を子供が笑いながら通りすぎてゆく。
その後ろを「危ないから、遠くにいっちゃだめよ。」と、母親らしき女の人が声をかけた。

「土方さん、つくしとってきやしょうよ。」

「アホか。隊務中だろ。」

「固い事言うな、土方コノヤロー。」

「あ、コラ!」

土方が止めるのも聞かずに沖田が土手を降りてゆく。

「おい総悟!」

仕方なく後に続くと、なるほど。
あたりはつくしでいっぱいであり、これを佃煮にすると美味いのだ。

「……非番の時に来いよ。」

「土方さん、蕗味噌をこの前食べやしたよね?」

「あ、あぁ。久しぶりに食ったけど美味かっ……まさかあれも隊務中にとったのか。」

「食った奴も共犯ですぜ。今さらつべこべ言うなぃ。」

沖田の見も蓋もない言い分に「このガキ」と土方は苦笑いを浮かべる。

「うまかったでしょうが、蕗。」

「……うまかったよ。」

「そりゃ犬の栄養で育った蕗でしたからねぃ。」

「うげはぁあぁっ!」

沖田の告白に、土方は盛大な嘔吐感を覚えた。
――『犬の栄養』。
つまり、それは、『犬の排●物』ということで……

「てめぇは人にんなモン食わせたのかコラァァ!」

「大丈夫、あれは土方さんしか食べてないんで。」

「なお質が悪いわボケェェェ!!」

ちなみに長靴とビニール手袋を着用して取ったので心配は無用ですぜと続ける沖田。

「やっぱり糞を含んだ土で育った奴のほうが、丸々と育ってたんで。」

「何がやっぱりだ。ちゃんと洗ったんだろうな。」

「………………。」

「肯定しろよぉぉぉ!!」

土方の絶叫が涼やかな青空に吸い込まれる。
沖田は土方の肩をポンポンと二回叩いてつくしを採り始めた。
古来より、動物のそれは農作物の栄養になるのは事実。
牛や馬のそれは最高な糧ともいえるし、人間のだって肥料にしてきた歴史があると聞いたことはある……が。

(―――せめて、洗っていて欲しかった!!)

土方はつくし採集にいそしむ栗色の髪を睨み付けた。

(犬の……。)

しばらく重い胸をもてあそび、暖かい風を頬に感じる。
もくもくとつくしを採る沖田と、川の音と親子の声。
土方は懐から煙草を取り出して、カチリと火をつけた。
白い煙が肺に染みる。
犬の糞の事はニコチンに誤魔化してもらう事にしよう。

「うまい…。」

こうやって穏やかな時間を過ごしていると、武州を思い出す。
江戸に来て侍として刀を握り、真選組を造り上げただなんて夢のようだ。
今自分は近藤を筆頭に沖田や原田、新しい仲間と共に夢の中を走っている。
夢なんていうが、けして胸がときめくような可愛らしいものではなく、血生臭い日常だけど…。

「最高じゃねぇか。」

ニッと笑って土方も腰を下ろしてつくしを摘む。
プチリと切れたその感触が懐かしい。

「サボりか土方。」

「てめぇが言うな。」

目も上げずに言葉を交わしてつくしを摘む。
これを食べる為には帰ったらヘタをとらなきゃいけない。
これは結構めんどくさいから山崎に手伝わせよう。むしろ押し付けよう。
真選組は百人程の大所帯だから、夜勤連中の口には入らないだろうな。
それでも足りないだろうから、できる限りたくさん採っていこう。
土方はくわえていた煙草を携帯灰皿に押し込んでスカーフを外した。
それを地面に広げてつくしをのせる。

「けっこう採ったな。」

そこにはこんもりとつくしが山を作り、スカーフでは包みきれるかわからない量だ。
それを沖田に自慢したくなった土方は顔を上げて沖田を捜す。

「あのヤロ…。」

いつの間にか、沖田がアイマスクをして横になっている。
しかしこの分では自分のがいっぱい採っているに違いない。
土方は顔を緩めてつくしを大切に持ち上げる。

「総悟、総悟。」

近づいて揺さぶると、緩慢な動きで沖田がアイマスクを押し上げた。

「んぁ〜、どうしたんですかい?」

「見ろ、俺のがいっぱい採ったぜ。」

「…………。」

フフンと笑ってスカーフの中身を見せると、わずかに体を起こした沖田の動きが止まった。
その目はつくしではなく、土方をジッと見ている。

「おい、総…。」

言いかけた土方の頭をクシャリと撫でた沖田が、その頬に唇を寄せた。

「なっ……!」

「顔、泥だらけですぜい。」

「だからってテメっ、見られたらどうすんだよ!」

「あーはい、すいませんね。」

土方の怒声が穏やかな空気に響いた。

end.100328
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