Thank

□センセイ!
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――――SS









ワックスで髪を整え、半袖のワイシャツの襟を整える。
そして薄い唇にリップをひと塗り。
学校のトイレで鏡を見ながら最終チェック。
変な所は……なし。

「よし」

土方十四郎17歳、その目には強い決意と緊張が宿っている。





【3Zぱっつち】








(…なんか、おかしくね?)

国語教師である銀八が準備室で帰宅の準備をしていると担任クラスの生徒、土方がやってきた。
剣道部員である彼が部活帰りになぜわざわざこんな教師の元へやってきたのか、それはさしたる問題ではない。
それがおかしいわけではない。
土方は生徒だし男だし瞳孔開いてるし絵に描いたような糞真面目な奴だが、それでも、銀八の可愛い恋人である。
ここまで山あり谷ありで付き合い始めたわけだが、2ヶ月たった今も手を繋いだ事があるくらいの健全なお付き合いだ。

(まぁ俺にも常識と理性はあるからな)

結局何がおかしいかというと、その土方が

「先生…」

「あー…どうした?」

「もう帰るんですか」

銀八が荷物をまとめる机で隣で手をついてこちらを覗き込む黒い瞳。
いつもは照れ臭そうに3秒も目を合わせている事ができないはずなのに。
二人の間にできる15センチの隙間がお約束のはずなのに。

「もうやる事もねぇしなぁ。お前も完全下校だろ」

不本意にも動揺してしまったのを隠し、作業を進める。
するとそれを咎めるかのように土方の手がスルリと銀八の腕に絡んだ。

「土方?」

「先生…俺、まだ帰りたくねぇ」

―――ド、クン
銀八の心臓が跳ねた。
横目に見た土方の瞳が、正面の窓から入り込む西日を反射して揺らめいている。
赤く染まる頬。
若く、張りのある唇。
いくら付き合っているからといえど、教師という立場から欲という欲を抑えている銀八を土方が全身で誘っている。

「…だから、帰らないでください」

全身に緊張を走らせて紡ぐ言葉。
土方の懸命な思いまでが銀八に伝わった。

(……あーもう、この馬鹿野郎が)

人が必死に飼い慣らしている欲を、そんな風に揺さぶってくるなんて。

「先生…」

「なぁに言ってんだ土方。お前は下校時刻なんだからとっとと帰れ」

「や…先生!」

自分の放った言葉に土方の顔が歪む。
その傷ついた顔に銀八の心もズキンと痛んだ。

「もう少しくらい一緒にいたい!」

「だめ」

「なんでですか俺たち付き合ってるんでしょ」

「でもその前に下校時刻だから。ここ学校だから」

心を痛めながらも大人の笑みを浮かべて健康的な黒髪を撫でる。
すると納得いかなそうに土方が俯いた
眉間にきつく眉が寄る

「…いつもそうやって誤魔化して」

小さな呟きに合わせて窓の外からシュワシュワと蝉の声が流れた
そして長めの前髪に瞳が隠れた次の瞬間

「先生、本当に俺が好きですか」

「――!?」

まるで脳を直接叩かれた衝撃に己の耳を疑った
目の前で小さく震える体

「結局何も変わらねぇし、先生はいつまでもただの『先生』で、ガキの駄々に付き合ってるだけじゃないですか」

「っちが」

「いつも俺の事あしらって、かわして距離とって…面倒臭ぇならそう言えばいいでしょ」

「土方それは違う」

俺はお前が大事だから
大切にしたかったから可愛くてどうにかしてしまいたくなる自分が嫌だったから…
口早になる土方に銀八に焦燥が走り、胸の内で言葉を並べた

「うるせぇ!」

しかしそれは言葉になる前に土方に遮られる

「違うって何が違うんだよ信じられるか!」

「違う!」

「結局何も変わらねぇ、先生が俺を特別に思ってるだなんて感じた事なんかないです。いつも不安で苦しくてっ…」

「土方!!」

「俺が嫌ならそうハッキリ言えば――…!」


―――刹那、


銀八の唇が土方の口を塞いだ。
涙を一粒溢した瞳が驚きに見開かれる。

「…土方、そりゃ誤解だ」

銀八はその瞳を見つめたまま唇に隙間を作り語りかけた。
驚きに染まる土方の唇が微かに動く。

「俺は」

「…った」

いつにない銀八の熱い視線が土方に絡む。

「俺はお前が…」

「よっしゃーーーー!!」

「―――え」

いきなり笑顔でガッツポーズを決めた土方に銀八は呆気にとられた。
今まさに紡ごうとしていた言葉も、張り詰めた空気も霧散する。

「やった!先生とファーストキス!」

「え、ちょ、ひじか…」

「へへ、じゃあな先生また明日!」

そして喜んでいるのか照れているのか、顔を真っ赤にした土方が逃げるように準備室から駆け出していった。
後にはポツリと銀八が残された。

「…俺、まさかはめられた?」

可愛い恋人の可愛い罠に、一人、苦笑する。




100707.
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