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□ぎゅっとね
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―――――SS
【武州編―十年前―】
〜ぎゅっとね〜
稽古終わりに十四郎が風呂を浴びて部屋へ戻ると、勲とミツバが声を殺して笑い合っていた。
クスクスと楽しそうな声が微かに漏れている。
「どうしたんだ?」
「おぉトシ、丁度いいところに。」
十四郎が話しかけると、こちらに背を向けて仲良く並んで座っていた二人が同時に後ろを振り向く。
勲に手招きされるがまま近寄って促されるがまま二人の前を覗きこむと、そこにはまだ小さな子供の総悟がグッスリと眠っていた。
今日はミツバが道場で夕飯を作ってくれる日だから、姉が近くにいることで安心しきっているのだろう。
「そーちゃん可愛いんですよ。」
「へぇ…そうすか。」
正直、十四郎にとって総悟は糞生意気なガキという認識しかない。
可愛いなんぞという認識は持ち合わせてなぞいなかった。
「見てろ。」
勲は楽しそうに言うと、人差し指でツンツンと総悟の柔らかな頬っぺたをつつく。
するとみじろいだ総悟が鬱陶しそうに小さな手で勲の指を払う。
「……………。」
十四郎は何も言わずにその光景を見ているが、二人は既に慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
なおも勲がつつくと、小さな手がキュッ太いゴツゴツした指を掴んだ。
「可愛いなぁ〜〜〜。」
もうメロメロだというように勲の顔は破顔している。
「それ。」
ミツバが優しい笑顔で総悟の手の甲を人差し指でくすぐるように触ると、今度はジワ〜っと小さな手が開く。
「あ〜可愛いわぁ。十四郎さんもやってみますか?」
「それより俺腹が減ったんすけど……。」
ミツバに満面の笑みで問われて女性に慣れていない十四郎はその顔を直視できずに、とりあえず生理的欲求だけを伝えた。
「あら、いけない。ついそーちゃんに夢中になっちゃった。」
ミツバはペロリと舌を出し、総悟の頭をサラリと一撫でして立ち上がる。
そしてなぜかそれに続くように勲も腰をあげてしまった。
「じゃあ俺は風呂行くかぁ。じゃあトシ、総悟をよろしく。」
「あ、おい。」
「支度ができたら、呼びに来ますね。」
「ちょ、ま……。」
十四郎の制止も虚しく、二人は「いやぁ、いいもの見たなぁ」「本当にそーちゃんは可愛いわぁ」なんて笑い合いながら部屋から出て行ってしまった。
その場にポツリと残される十四郎と、寝息をたてる総悟。
スピースピーという規則正しい音だけがあたりに響く。
「マジかよ……。」
なんで俺がガキの見張りなんぞ……。と、木刀をもう一振りする予定だった十四郎はため息混じりに総悟を見た。
気持ち良さそうに寝息をたてて小さな体を丸めて転がっている。
一応冬の寒さに風邪をひかれてはかなわないと、押し入れから掛け布団を引っ張りだしてかけてやった。
「…………………。」
いつもとは違うあどけない表情。
十四郎は総悟をジッと見ながら、さっきの反応を思い出していた。
(………確かに可愛かった。)
辺りをキョロキョロとうかがいもう一度総悟をジッと見る。
そしてソッと……人差し指を柔らかな頬に伸ばし、
ガブリ
「〜〜〜〜〜〜〜っいっってぇぇ!!」
柔らかな感触とは程遠い、何かに噛まれたような刺激に十四郎はたまらずに声をあげた。
いや、噛まれたようなではなくて実際噛まれたのだ。
…………眠っていたはずの総悟に。
「何してるんでい。」
「てめぇっ!少しは手加減しろやぁぁぁ!!」
ムクリと起き上がった総悟は先程の寝顔からは程遠い、生意気な半眼を十四郎に向けた。
「寝込みを襲うたぁいい度胸でぃ。ちなみに先輩に対する口の聞き方がなっちゃいねぇ。」
「てめぇ……いつから起きてやがった……。」
「敬語使えや土方。」
「………っ、いつから起きてたんすか、セ、センパイ。」
青筋をたてる十四郎を総悟は鼻でハンと笑って一言。
「答えてやる義理はねぇや。」
そして襖を開けて出ていった。襖が閉ざされれば、再びポツリと残される十四郎。
床には総悟の代わりに掛け布団が一枚転がっている。
(かっ………可愛くねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)
総悟は十四郎に確かな怒りと、指にクッキリとついた歯形を残していった。
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