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□つながって
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―――――SS
近+土
――――正直、『近藤勲』という男は苦手だった。
【武州編―十年前―】
田舎の芋道場。
そこには何故か人が集まり笑いが耐えない。
ただ門下生ってわけじゃなくて、近所の道場の奴とかなんだか集まっちゃった奴とか……そんな奴らばかりが寄り付く貧乏道場。
だからいつも近藤が金策に苦労してる事も、周りの道場主に馬鹿にされている事も、ゴロツキの集まりだって近所の連中に白い目で見られているのも知っている。
なぜか連れて来られて日の浅い土方でもすぐわかった。
「あははは、なんだトシ。眉間に皺が寄ってると思ったらそんな事を気にしてたのか。」
「そんな事って…。」
たいして親しくもない俺を『トシ』なんて馴れ馴れしく呼ぶ目の前の男は豪快に笑った。
俺はその男、近藤に対して余計に眉間の皺を深くする。
「よく笑ってられるな。」
正直この男の神経が理解できない。
どんな時も笑みを絶やさず、本気で馬鹿なんじゃないかと思う。
そんな近藤の態度に苛々を募らせた土方は、ついぞ道場で一人木刀を振る近藤を捕まえて苦言をていした。
「もっと危機感持ったりとか悩んだりしたり、悔しくねぇのかよ!」
「ん〜、まぁそりゃあ大変っちゃ大変だけどなぁ。」
明らかに怒気を含む土方に対して、近藤は一向にカラッとした爽やかな笑顔を浮かべている。他人の自分が憤っているのが馬鹿みたいに思えてくるくらいだ。
(マジで意味わかんねぇ!こいつには悩んだり落ち込んだりする事ねぇのかよ!ムカつかねぇのかよ!!)
「でもよぉ悩んで暗くなろうが笑おうが、目の前に起きてる事は変わんねぇだろ。」
「はぁ?」
「俺は笑った人生送りたいのよ。いつも今日を笑ってれば笑った人生だし、悩んでいれば悩んだ人生だろ。」
突如語られる近藤の論理に土方は首をひねる。
「だったら何が起きてもそれを楽しむべきだろ。馬鹿にされたら悪いところを治すチャンスだし、他流派を打ち負かした時なんて爽快度が増すし!」
あいつらをゴロツキ呼ばわりするなんて逆に気の毒でよぉ。あんな気のいい奴等いないぜ?白い目向けてくれた方が、一旗挙げた時の顔見るのが楽しみじゃねぇか。
嫌われてる奴を笑わせたりしたら、楽しいぜきっと。
そういう事考えるとワクワクしてこねぇ?
悩んで笑いを無くすなんてもったいないだろ!
金だって落ち込んでなんとかなる問題じゃないだろー。もちろん最大限の努力はするけどな。
「俺は笑って生きて笑って死にてぇのよ。」
「お前馬鹿だろ!」
「そう怒るなって。」
一気に話す近藤に土方は完全にしかめっ面だ。
近藤の概念は土方にはまったくないもので、もはやただの楽天家の馬鹿にしか聞こえない。
「トシは、笑って死にたくねぇの?」
「別に。」
即答された近藤はさも重大そうに顔をしかめて、しっかりとした顎を撫でる。
フムと息をつくと「そいつぁあ、いけねぇ。」と呟いた。
「一人で笑ってても仕方ないだろ、トシにも笑って死んでもらわねぇと。」
「…………は?」
突拍子のない発言に土方はポカンと口をあける。
いよいよもって理解できない。
「だからお前にも笑ってもらわねぇと。」
「なんでそうなるんだよ。」
「え、そっちのが楽しくね?俺はトシにも笑っててほしいし。」
「酒飲んだのか。」
「昼間から飲むかよ。いいじゃねぇか笑ってろよ、俺の為だと思ってさ。」
「ば、ばっかじゃねぇの?!」
―――本当に、なんなんだこの男は。
そんな臭いこと言って恥ずかしくないのか。
寒いだろそんなの。
こんな、鳥肌たつような事よく言えるな。
頭沸いてんじゃねぇの。
理解できねぇ。
こんな
こんな―――。
「さぁっ!今日も立派な武士になるために精進だっ。」
そう言って近藤は再び木刀を振り始める。
後悔した人生を送らない為に今できる精一杯を今日、やりきる。
「なんで俺がてめぇの為にっ。」
土方は知らないむず痒さに逃げるように道場を後にする。
小さく呟いた声は近藤のかけ声にかき消されていた。
土方は一人己の気持ちを持て余す。
田舎の芋道場。
そこには何故か人が集まり笑いが耐えない。
理由は
―――わかる気がする。
(やっぱり苦手だ。)
正直、近藤勲は苦手だった。
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