short 2

□副長をちょーだい!
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夏って、恋の季節だよね。






「なーんて世間の皆さまもうまいこと言うよな。」

「そうだなぁ。なんだろうなこの高揚感。夏ってだけでテンション上がるよな。」

「変な期待にあわよくばとかあり得ない事思っちまうし。」

まるで暑さにやられたとしか言いようがない会話をするのは、大江戸では見慣れた真っ黒い隊服を着る二人の男。
巡回中の真選組平隊士は悩ましげな息をホウと吐いた。
うだるような暑さから逃げるように入った蕎麦屋で、蕎麦を啜りながら雑談に華を咲かす。
余談だが角刈りのがたいのでかい男(石田)が天麩羅蕎麦で、これまた体格のいい短髪黒髪(渡部)がとろろと納豆のネバネバスタミナ蕎麦をすする。
どちらも冷やしだ。

「なんだろな、このムラムラ感。」

渡部がズゾゾととろろを掻きこみながら窓の外へと視線を流した。
茄子の天麩羅が石田の口の中へと消えてゆく。

「一応隊服着てんだからムラムラとか言うんじゃねぇ。」

「だってよ〜、今朝本村が『俺昨日の夜副長と風呂一緒だったんだぜ!』って!グッと親指たててきやがったんだよ、今時!しかもすげぇいい顔しながら。」

「へぇ。実は俺も一緒に風呂入った。」

「うあぁぁマジかよ!なんじゃそりゃ!てめぇ俺がどんだけこの悔しい気持ちを妄想で補ってたと思ってんだ!」

「ハハハ、妄想であの身体が補えるか。」

「ぅぐぅっ…」

「副長の上の恥部バッチリ見ちゃったしな(下の恥部は駄目だったけど)。」

「ちくしょう!今すぐてめぇの脳みそをくれ!俺のと交換しろ!!」

「アホか誰がやるか!悔しかったらお前も副長と一緒に風呂入ればいいだろうが。まぁあの人は生活が不規則だから難しいとは思うけどな。」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで脳みそを寄越せぇぇぇぇぇ!」

「痛い痛い痛い放せ馬鹿髪を掴むな!」

「髪じゃねぇ頭皮掴んでんだよ残念だったな!!!」

「意味わかんねぇよ!」

「いやいやいや、二人とも充分意味がわからないから。」

テーブルを挟んでの取っ組み合いになりかけると、聞き慣れた声が不意に割り込んできた。
ピタリと動きを止めた二人が横を見ると、いつの間に近づいたのか真選組一番の地味男、山崎退が立っている。

「あれ、山崎さんなんでここに?」

「俺も昼飯。」

そう言って指差した方を見れば十番隊隊長原田右之助が蕎麦屋のおばちゃんと談笑していた。スキンヘッドの強面で人から恐がれやすいが、あれでいて原田は社交的なのだ。

「あのね、さっきから聞いてればなんて会話してんの。副長の風呂がどうのこうのって…」

「だってこいつが自慢してくるから!」

「大体副長の乳首を恥部言うな。」

「いやでもなんか、大層な破壊力を持っていたものだからつい。」

石田が渡部になぁと同意を求めるが、俺は見てねぇよと睨まれて終わる。
山崎はそんな二人を見て内心ため息をついた。

(まぁ今に始まった事じゃないけど。)

そう。
こんな隊士の会話などすっかり聞き慣れたもので、日常的な会話である。
いやでもそれでも、隊服着て屯所の外で声を大にしてする話題としてはどうだろか。
何より話題の中心となっている男がコメカミに青筋をたてて激昂しそうだ。

「俺なんか副長と話したの四日前の朝稽古からないんだぜ。」

「ごしゅーしょーさまー」

「石田くんの舌を抜きたい。」

(憧れる気持ちもわかるけどね。)

近藤と土方はそれこそ己の剣と背中だけで男たちを自分達の元へと集めた。
その事実だけで二人の男としての魅力はわかると思う。
二人とも隊士の憧れであり、模範なのだがその二人には決定的に違う所があった。
気さくでおおらかな近藤は、いつも隊士に囲まれて酒を飲み笑い合う。
凄いのは懐の深さと器の大きさで、深い付き合いをすればするほど皆近藤の魅力にはまってゆく事だ。
時間を密に過ごそうと底を感じさせない(これは土方にもいえるが)。
人に嫌悪感を与えず、疎まれる事を知らないし(皮肉な事に男限定)、その状態でなお『局長』としての一線を失わない。
その一線を作るのに近藤へ盲目に心酔する土方が一役買っていた。
溜め息がでるくらいの美しさと、隊の規律としての厳しさで近づくのも阻まれる。
言うなれば高嶺の花。
ある種アイドルのようで、近くにいて手の届かない存在が土方なのだ。
その癖時折見せる天然ともいえる行動が、いつもの彼とは大きなギャップを産んで隊士はますます夢中になる。
同じ『憧れ』といえど種類が違った。
近藤はこんな男になりたい。と思わせる男だが、土方はこの男に近づきたい。と思わせる男。
ゆえに、土方に対しては一種恋い焦がれるような輩が増える。

(なによりあの見た目がいけない。)
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