short 2
□始
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―――――ゾクリと、
沖田の背中を寒気に似た殺気が這い上がった。
辺りは刃が混じり合い、血飛沫や怒号で騒然としている。
殺気などは渦巻き、迸り、あってないようなものであるのに、それは完全に他とは違う異彩を放っていた。
この舐めるようなねっとりと獲物に絡み付く殺気には覚えがある。
江戸湾の港に並ぶ倉庫の中で、真選組は兵器の取引をしていた攘夷浪士と命をかけて交戦していた。
三条派と姉小路派。
出身の同じ両者は共に過激派で、その勢力もかなり大きい。
高杉率いる鬼兵隊に次ぐ勢力ではないだろうか。
その両者が手を組んだだけでもやっかいだったのだが、さらなる危惧は三条が以前高杉の元で世話になっているという経歴にあった。
『鬼兵隊がでてくるかもしれねぇ。』
副長である土方が言っていたことが沖田の脳裏によぎる。
目の前にいる敵を下から切り上げて、その感触に仕留めたことを確信し生死の確認もせずに振り返った。
(高杉っ――…!)
紛れもないその殺気の矛先に視線を走らせ、沖田は息をのむ。
張り付くような喉を抉じ開けて、慣れない叫び声を吐き出した。
「近藤さん!!」
殺気の出所はわからないが、その狂気は明らかに大将である近藤を狙っている。
近藤も沖田に叫ばれるまでもなく気づいていたようだが、襲いくる敵を前にどうしようもできない。
(くそっ!!)
沖田は足を蹴りだすが目前に現れる攘夷浪士に行く手を阻まれる。
斬り合いながら視線を巡らせると、よく知った黄色い頭が上層階からこちらを見下げているのが目に入った。
その手には二丁の拳銃。
(来島また子!)
やはり鬼兵隊かと思ったと同時に、二発の銃声音が響く。
「近藤さぁぁぁぁぁん!!」
沖田が叫んだ名前と二発の銃弾が撃ち抜いた体の持ち主は、一瞬の内に入れ代わった。
どちらにしても沖田の瞳は収縮し、愕然とした思いで刀を振り上げることになるのだが。
「トシィィィィィ!」
近藤は自分を突飛ばし、盾になった男の名を叫んだ。
派手に床に倒れ込んだのは土方の体。
「ぅ、あっ……。」
小さく呻いて体を震わせる。
酷い痛みに臓物は熱くなり手先が痺れだした。
沈むように体は動かなくなってゆくが、戦場で無様に背中をさらして転げているわけにはいかない。
「はっ…、」
土方はなおも刀を杖がわりに身を起こそうとしている。
黒い隊服で血の赤は確認できないが、その動きから見てどうやら脇腹にヒットしたらしい。
「トシィッ!」
駆け寄ろうとした近藤の足元に銃弾が矢のように突き刺さる。
何発も浴びせられ、それを避けるたびに土方との距離は開いてゆくばかりだ。
近藤は苦々しげに土方の名を叫んだ。
「そこをどけぇ!!」
怒号を撒き散らし鮮血を撒く沖田の刀を一本の刀が止めた。
「行かせぬでござるよ。」
「河上万斎……。」
ヘッドホンにギター、サングラスをかけるその出で立ちには沖田にも覚えがある。
沖田は瞳孔を収縮させた狂気の目を河上に向けた。
「そこをどけって、聞こえなかったかい。」
互いに引かぬ刃がギリギリと震える。
「いい…リズムでござるな。」
「うあぁぁぁぁ!」
突如上がった土方の叫び声に近藤と沖田は、そちらにハッと目を向ける。
立ち上がりかけていた土方の体が床に這いつき、その肩を男の足が踏みつけていた。
男。
―――――高杉晋助。
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