short 2

□始
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一瞬高杉の足が土方から離れたかと思ったら、刹那に蹴られた得物が音をたてて土方の手から離れて床を滑っていった。

「くっそ、ぅあ!」

再び背中を踏みつけられた土方の蒼白した顔には脂汗が垂れている。
かなりの痛みを伴い、叫び狂いたい声を喉の奥で噛み殺しながら背中越しに高杉を睨み上げた。

「たっか、すぎぃっ……!」

「よぉ、二度目ましてかぁ?鬼の副長さん。」

高杉は低く笑ってその目を見返した。
どこか満足気な獰猛な視線を、土方は力強い光をたたえた真っ直ぐな視線で弾き返す。
まさに絶望的な状況にも、その目が不安や恐怖で曇る事はない。

(やっぱりおもしれぇなぁ、こいつ。)

いつの間にか土方と高杉を囲うように攘夷浪士が真選組との間に入っている。
あたかもこの場面を想定していたかのように。

「トシィ!」

近藤が叫び、沖田が咆哮し、あたりの温度はさらに上がり続けるが、高杉の耳が捉えるのはもはや無音に近かった。

(ククッ……。)

「ぐっ……ぅ―…。」

聞こえているのは土方の痛みに震える浅い呼吸と、その血の気の失せた唇から漏れる噛み殺せない低い声。

(そうだこれだ。こいつのこの目がずっと俺の頭から離れなかった。)

初めて高杉が土方を見たのは2ヶ月前の京都であった。
紅葉した葉に粉雪が降り積もるという狂ったような季節に、やはり戦場で命のやり取りをしていた時。
以前から噂で知っていた男ではあったが、邪魔だと思ってはいてもさしたる興味があったわけではない。(………いや。噂に名高い鬼の副長に少しくらいの好奇心はあったかもしれないが。)
高杉にとって一目土方を見るまでは邪魔な存在である以上でも、以下でもなかったのだ。

そう、一目見るまでは。

とにかくその一度、土方を初めて生で目に捉えて高杉の中にある衝動が沸き起こった。

『…――――欲しいっ!』

全てを破壊しつくし砂塵と化し、世界をも崩壊させたいと願う高杉にとってそれは久しい衝動だった。
なぜそう思ったかはわからない。
確かに噂に違わぬ鬼のような男。
しかし血を滴らせ剣を振るうその姿はどこか妖艶で……場に似つかわしくないくらいに艶やかに思えた。

美しい。

という言葉はあまりにチープだ。
もっと、違う。
妖しくて、
はりつめていて、
熱くたぎるような色気があった。
そんな艶かしさを持ちながら、辺りを映すのは相反するような 強い光をたたえた目。
全てを見ていてかつ真っ直ぐ一点だけを強く見据えるその、迷いのないムカつくくらいに強い眼だ。

「会いたかったぜぇ、土方ぁ。」

「はっ、奇遇だなぁ…。俺も会いたかったぜ。」

それは今も隙あらば喰いついてやるというように、光を失わない。
真っ直ぐ高杉を睨みあげてくる。

「嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか。」




そうだこれだ。
これが欲しかったんだ。








この2ヶ月ずっと頭から離れなかった。











【君ヲ想フ・始】







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