Parallel

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ピピピッ ピピピッ ピピピッ

「う〜…ん…」

カーテンから差し込む夏に比べればずっと柔らかくなった朝日と、忌まわしい電子音が部屋にこもる。
俺はそれを遮るように布団の中に潜ってモゾモゾと丸まってみたりと色々試してみた。
しかし努力も虚しく、朝日はどうにかなっても音の方がどうしてもどうにもならない。

「うあー!うっせぇな!わかったよもう!!」

ついに観念して掛け布団を手ではねのけ、枕の横にある憎き目覚まし時計を思いきり叩きつける。
頭に着くボタンを押せば電子音はものの見事に止まった。
当たり前だけど。

「げっ」

音が止まった事に安堵したのも束の間、手の下から覗く時計の針に一気に血の気がひいた。
示された時刻は7時半を回ろうとしている。

「ち、遅刻すんじゃねぇか!っ!!」

慌ててベッドから飛び降りたその瞬間。
右足から頭の脳天まで電気のように痛みが走った。

「いっ……てぇぇぇえぇぇぇぇ!!」

人生で初めてと言えるほどの大声を出した、朝。
今日も秋晴れの空に俺の声が吸い込まれていった。








「行ってきます!」

母親に朝御飯はと促されたが食べている暇なんてない。
俺は着替えて、顔洗って、歯を磨いて最短記録で家を出た。
まさに矢の如く。

(ちくしょ〜、昨日もろくに寝てねぇからぁ。)

だからこんな寝坊なんて失態を犯してしまったのだ。
悔やみながら右足をひきずりヒョコヒョコと道を急ぐ。
息子が足を怪我してる時くらい車で送ってくれればいいのにとか思うが、甘えてちゃいけない。

(怪我も寝坊も全部全部アイツのせいだ!)

だってアイツがいなきゃ俺は寝不足になんてならなかったのに。
俺の頭を占領してやまない白髪天パ……

「え、坂田?」

「……よう。」

角を曲がると、今まさに心の中で八つ当たりをしていた坂田が立っていた。
俺が驚くのも当たり前で、こいつと家から駅までの通学路なんか被っちゃいない。
最寄りの駅が俺の方が3つほど遠いのだ。

「お前なんでここにいんの?」

「昨日送った時に迎えに来るっつったろ。」

「でも俺断ったじゃん。」

「うるせぇな、いいんだよ。」

そう言うと坂田は俺の肩から鞄を奪い取った。
いや良くねぇだろ、電車賃もかかるし何よりお前は朝が苦手じゃねぇか。

「自分で持てる。」

「いいから。ん。」

こちらに背を向けて少し首を動かして、肩の辺りを示される。………なんかこいつの背中広いな。
身長はあんまり変わらねぇのに。

(じゃなくて、)

なんだこれ、掴まれって事か?荷物まで持ってもらった上に支えにしろと。

「荷物も持ってもらってるし、歩くくらい1人でできる。」

「いいから使えって。」

「大丈夫つってんだろ!」

「バーカ、急がねぇと遅刻すんだろ。」

「…………っ」

いたれりつくせりの坂田になんだかイラッとして、そりゃ俺だって理不尽だと思うけど、俺はつい声を荒げてしまった。
だけど坂田に言われた言葉に俺は返す言葉もなくて、腑に落ちないながらも肩に捕まる。
俺が勝手にイライラしてるだけで、坂田は別に悪くない。
むしろその優しさには感謝すべきだ。

「よーし、いい子だ。」

「遅刻が嫌なら迎えに来なきゃよかったんだ。」

「ふ、可愛くねぇの。」

(なんだよ『ふ』って。その笑いは。)

可愛くなくて結構だ。
だって俺は男だし。

(だからこんなに優しくすんじゃねぇよ。)

なんだか、優しくされればされるほど胸が痛む。
理由なんか知らねぇ。
痛いは痛いけど、それは男として情けねぇからだって思ってる。

(つぅかそれしかねぇしな。)

「歩くの早い?」

「平気。」

だから、優しくすんじゃねぇよ。
わけもわからず胸がズキンと痛んで、イラッとする。

「こういう事は女にしてやれよ。」

「んー、彼女ができたらねぇ。」

「……俺彼女じゃねぇけど」

「あは、確かに。」

(あはって…)

女が好きなら彼女じゃなくてもやってやりゃあいいのに。
あれからの事だが、結局、坂田に彼女ができたわけではなかった。
本当に『仮定の話』だったのだ。
紛らわしい言い方をされたあのシーンを、俺は克明に覚えている。






『どう、するって……』

喉から出てきた声が掠れていて、俺は自分でビックリした。
変に思われたかと思ってドキリと心臓が跳ねて、唾を飲んで仕切り直す。

『どうするもこうするも、どうもしねぇよ。』

『え、あ、まぁそうだよな、うん。どうもしねぇよな。』

『なに、彼女できたの?』

(大丈夫、ちゃんとしゃべれてる。変じゃない。)

確認するように俺は丁寧に自分の声をなぞる。
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