Parallel
□愛し君へ
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吐く息は白く染まり、肌に触れるのはひやりとした冷たい空気。
木々は全て葉を落として、どこか、もの悲しい季節。
そんなひっそりとした季節。
冬。
季節としてはそんな感じだが、近年は禿げた木々には電飾が飾られチカチカ光って賑やかだ。
もの悲しいというよりも、世間はなんだか浮き足だっていてる。
肌に触れる空気は冷たいけれど、くすぐったくて恥ずかしいような暖かい空気が漂っていた。
そう、世間はまさにクリスマス前。
そしてこの季節一番盛り上がるといって過言ではないのが――――
ケーキ業界だ。
「ご…5700円……」
たっけー、なんだよケーキってこんなに高いのかよ小遣いこんなに残ってねぇよ。
俺はもう絶望的な気持ちで肩を落とした。
俺の黒髪を弄ぶ空っ風に吹かれて体がブルリと震える。
口からでるのは大きなため息。
目の前のショーケースに入っているのは白い生クリームに覆われて、苺やらチョコやら雪だるまやらに飾られたクリスマスケーキ。
それにつく値札5700円。
そいつを見ながら俺はもう1つ、大きなため息を吐いた。
(マジかよ。なんだよクリスマスは家でプチ贅沢って。普通もっと安いもんなんじゃねぇの?だって俺、この前新しいバッシュ買っちまったから金ねぇんだよなぁ…)
どんよりと重いものを感じながら尻のポケットに入っている財布を取り出す。
といっても皮のくたびれた小銭入れ。
札が入るような立派なものは、大した必要性を感じてないから必要ない。
(1276円……)
ああ〜、こんなことならとっときゃ良かった。
バイトなんてバスケの練習が忙しくてやってねぇし、臨時収入が入る予定なんてない。
クリスマスなんて今まで大した意識もしてなかったから、こんな金が必要になるなんて思ってなかったんだ。
やっちまった。
あと一週間じゃどうにもならない。
でもバッシュは欲しかったし、知っていても結果は変わらなかったかもしれないな。
あークソちくしょー、買えないものは買えないんだ。
(しょうがねぇ、帰るか)
ジャージがつまったバッグを持ち直して踵を返す、が、諦めきれない思いからか自然と目線がケーキに戻ってしまう。
「…………」
何度見ても変わらない、5700円の数字。
もちろん俺は甘党なんかじゃないから、ケーキなんてワンピースあれば充分だ。
自分の為にあんなワンホールケーキを買いたいだなんて、天地がひっくり返っても思わない。
じゃあなぜ俺があのケーキにこんなにも後ろ髪をひかれているかというとだ。
それもこれも全部坂田のせいだ。
自他共に甘党と認める無類の糖分好きのあの男と、三日前にこのケーキ屋の前を通った時の事。
『うわーうまそう』
『どうした?』
『あれ、あのクリスマスケーキ』
ゲームセンターで遊んだ帰り道、坂田がいきなり足を止めたその指の先には、大層立派なクリスマスケーキが。
『うわ、でけぇ』
『そんな顔すんなよ。ケーキ旨いじゃん。いいなーアレ、食いてぇなぁ』
『よくあんなの食う気になれるな。見てるだけで胸やけしてくる』
『なんでお前にはあの美味しさがわかんねぇかなぁ、もったいねぇ。人生の9割損してんな』
『ふーん』
『ふーんじゃねぇよ。なにお前。土方はもっとアグレッシブに生きてこうとか思わねぇの』
『はいはい』
『ちょ、そうやってあしらうなよ。待てっておい!』
喚く坂田を横目に見ながら、俺は特に興味の無いケーキ屋を後にする。
すれば坂田は俺の後を追ってきて、ケーキがいかに素晴らしい食べ物か力説してきた。
うるせぇなぁ、俺もマヨネーズについて力説してやろうかオラ。
『やっぱり甘いもん食うと幸せになるもんな』
『あ、雪だ』
『あ、雪だじゃねぇよ、人の話し聞けっての!って、ホントに雪じゃねぇか!さっむ、うわーどおりで寒ぃと思った』
(こいつ本当に騒がしいな)
呆れが半分混じった笑みが唇には自然と浮かぶ。
まぁ騒がしい坂田はいいとしてだ、
(そんなにケーキが好きなのか…)
よく見えなかったけど、目線の先のケーキはボンヤリと確認してる。
店の場所はバッチリ覚えた。
『土方、少しは会話しようぜ』
『……………』
『ひじかたー』
(……あげたらこいつ喜ぶかな)
そんな沸いた事が頭に過る。
ケーキ食べたらこいつすっげぇ幸せにな顔すんじゃねぇのかなとか。
『おーい、土方聞いてるー?』
(ケーキ…買ってやろうかな…)
『土方くーん』
(きっと喜ぶよなぁ)
『おーい無視すんなってー、おーい』
―――とまぁ、こんな事があったわけで、ケーキを…買ってやりたいと思ってるんだ。