Parallel

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「もうやめて、お願い。もう私のことは放っておいて」

女は懇願し、対峙する男を見据える。
夕陽が差し込む部屋は赤く照らされ、壁には三人の影が浮かぶ。
化粧台やぬいぐるみが並んでいるところをみるに、ここは女の部屋らしい。
残る二つの影は男のもの。
対峙する男と、その男から女を守るように間に入る男もの。

「なに言ってるんだよ、放っておいたら怒るくせに」

対峙する男が困ったように笑って言う。
スッキリした顔立ちの爽やかな印象だが、どこか影があるようにも見える。
対してもう一人の男はかっこいいとは言えないが、雰囲気のある男前。
一見やる気もなく弱そうだが、底光りする目の持ち主だ。

「怒ったりなんかしない。お願いだから私にかまわないで」

「こう言ってますけど」

「うるさいおまえは黙ってろ! だいたいおまえは俺の女に許可なく近づくな!離れろ!」

柔らかかった口調が嘘かのように、男は気が狂ったように声を荒げた。

「いやいや離れろと言われましても」

「いいから離れろ! かわいそうに、そいつに脅されてるのか? こっちにおいで、俺がおまえを守ってやるから」

「どうしてそんなに執着するのよ。あなたとは別れたじゃない」

「またそうやって俺を困らせて気を引いてるつもりなんだろ。いい加減にしないと怒るぞ」

「やめてよ! いつもいつも私のこと遠くから見てて、帰りだって待ち伏せして、私たちの関係は終わったって何度も言っているのにいつまで彼氏のつもりでいるの!」

「あ、こらこら。あんまり刺激するようなことは……」

「ストーカー! 気持ち悪いのよ!」

ブチン。
青ざめた男の顔が憎悪に燃えた瞬間、三人の姿は消えブラックアウトした。

「……なんつぅもんを」

騒がしかったテレビが消えるとあたりはシンと静まりかえった。
手の中にあったリモコンをソファーに放り頭を抱える。
最近の昼ドラはストーカーまで扱っていたとは全く知らなかった。
はじめから見ていたわけではないから内容を全て把握しているわけではないが、つまり別れた男がストーカーになり、その相談を女が男の知人にしているうちに恋に落ちてゆくという内容らしかった。
話は盛り上がりを見せている。
それに俺は耐えることができなかった。
今は何も映さないテレビが憎らしい。
どうして自分はこんな時間にテレビなぞつけてしまったのだろうか。

「ストーカーか……」

まさかこの単語で耳が痛くなるなんて夢にも思っていなかった。
ただでさえ天然パーマでモサモサしている頭だというのに、さらに爆発して収集がつかなくなりそうだ。
ゴールデンウイークに入ってからすでに3日が過ぎていった。
つまり土方に別れを告げられてから3日、会えなくなってから3日、声も聞けなくなってから3日たっている。
もちろんこの間何もしなかったわけではない。
俺もボクシングの部活があるから、学校へ行ったりもした。
そのついでに……ついでというか、むしろ、それがメインになってしまってはいるが、土方の様子を見に行っている。
遠くから体育館を覗いてみると、土方が滝のような汗を流して一生懸命トレーニングに励んでいた。
ただ視界にその姿を捉えるだけで経験したことのない感情がこみ上げた。
胸にポッカリ穴が空いたような。おまえがもう俺のモノじゃないことが信じられなくてでもそれは変えようのない現実で、俺はそれをどう受け止めていいかわからない。
もう一度、ちゃんと話すまでは受けいれることなんかできない。
いや、話したとしても受け入れられるかは、正直自分でも疑問だ。
それを確かめようにもできない現状だ。
遠くから土方を眺め機があれば話しかけようとしたが、そんな隙など微塵もなかった。
部活の合宿というのはなぜああも過酷なのだろうか。
あれでは土方が死んでしまう。
体力をギリギリまで使い、さらに限界を越えて倒れこむ。

「あんなんで話しかけられるわけねえわだろ」

結果、毎度見て終わる。
三日間、俺の部活がない日も学校へ行っては土方を見て、練習が終わるのを確認してから帰宅している。
三日間続けてだ。
土方が俺の存在に気づいているのかいないのかはわからないが、遠くからひたすらジッと見ているだなんてストーカーと変わらないじゃないか。
別れを告げられてなお女々しく追いかける姿を、他人が見たらどう思うのだろう。
土方は、どう思うのだろう。
その懸念を考えないようにしていたのに、ドラマがまざまざと答えを突きつけてきた。

「やっぱりストーカーなのかな……」

気味が悪いと思うだろうか。うざいと思うのだろうか。
もしかしたら気づいていて気づいていないふりをしているのかもしれない。
その可能性は充分にあり得る。
だって普通気づかないなんてあるのだろうか。
あれだけあからさまに、いや、隠れて見ているつもりだけれど、まったく誰の目にも入らないようにするなんて無理だ。
気づいていておかしくない。
土方なら俺がなぜこんなことをしているか察するはず。
それでもなおコンタクトをとってこないのならば自ずと答えはでるはずだ。

「いやだそんな可能性を考えたくない!」

もし気色悪いを通り越して恐怖を覚えていたらどうしよう。
気持ち悪く思われてるのでさえ死にたくなるくらい悲しいのに。
黙って見ているより、話しかけた方がまだマシなんじゃないだろうか。
ただ見ているだけだから気持ちが悪いんだ。

「あーあ、俺ってこんなだったっけ」

粘着質な男なんてかっこ悪いし、そこまで1人の人間に固執する意味がわからないとさえ思っていたはずなのに。

「ひじかた……」

幸い今日は部活の日だから学校へ行く言い訳はたつ。
大義名分がある分、姿を現しやすいし話しかけるのに心の負担も少ないはずだ。
今日こそ、今日こそ話しかけ少しでも近づきたい。
土方の声が聞きたい。
欲は言わないから、また、前みたいに普通に話してくれれば、それで満足だから。
だから。

「だから」

どんな形でもいい、俺を、受け入れてくれ。









恋コイ




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