Parallel

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重い腰を持ち上げて学校へ着くと4時をまわっていた。
それでも終了時間まで2時間もある。
俺には充分な時間に感じるけれど遅い到着に部内からは文句を言われ責められる。
責められる言い分としては全くの正論ではあるけれど、こっちはスポーツに打ち込めるほどメンタルが整っていないことをわかってほしい。
何も言っていないのにわかってほしいなどとはおこがましい考えだとは重々承知。もちろん本気で思っているわけではない。
わかっているからこそ平謝りだけですまさずに、遅れたその分は夜間トレーニングをすることで折り合いをつけた。
折り合いをつけた、というか、もとからそれが目的でもある。
3日はりついてわかったことだが、バスケ部の夕飯は18時。
19時には練習を再開し終わるのは21時半。
そのあと寝る準備をして就寝となると非常にタイトなスケジュールと言わざるをえない。
けれど、昼間よりはよっぽど話しかけやすい状況ともいえる。
俺に話しかける勇気さえあれば。
そして、その体力があれば。

「きつい」

試合前の減量に比べればマシだけれど、ボクシングのトレーニングはアホみたいにつらい。
スポーツならばどんな種目もつらいだろう。
もちろんボクシングだって例外に外れず筋トレとミットうちするだけでもヘトヘトだ。
いくら元気な高校生といえどヘロヘロになってベッドへ倒れこみたくなる。
だいたい俺は元から疲れることは好きではないのだ。
威勢のいい声やミット音、縄跳びの音が混じり合い男の熱気で溢れかえる室内。
このむさ苦しさを正直好きにはなれず、昔は女の子のマネージャーが欲しいとよくボヤいていた。
今でも男ばかりの環境に多少なりとも花が欲しいと思うけれど前ほどではない。
土方の存在が俺の価値観を変えてしまったということだろうか。

「はは、これで逃げられるとかマジ最悪なんですけど」

女の子への興味が無くなった。
高校へはいる前の俺に言っても絶対に信じてくれないようなことが起きた。
だからといって前に女の子が大好きだった時と同じように男に興味があるわけではない。
人に話せば若いからだとか人生は長いんだからだとか、周りには星の数ほどの人間がいるんだからと言うだろう。
けれど今の俺には想像できないんだ。
この先、土方以外の他の誰かを好きになれるかなんて。
これ以上好きな人ができるかなんて。
なんでこんなバカみたいにあいつのことを好きになってまったんだろう。
なんでこの感情を他に向けられないんだろう、他の人に目がいかないんだろう。
もう他の人なんて考えられないくらい、好きだった。
ミットの音がバスケットボールの弾む音とクロスする。
すぐそこに、土方がいる。
俺と同じように汗水垂らして必死に頑張っている土方がいる。
手を伸ばせば届く距離。
聞きたい声もかけたい言葉も、すべて叶えられる距離に。
今日は疲れたからと、わざと言い訳を作って夜の学校に残った理由を無碍にすることはできる。
こわいから逃げ出すことはいくらでもできる。
この歯痒さを恐怖で押し込めることだってきっとたやすい。
だけどこわいこわいと逃げていたら、本当にこわいことから逃げられない。
見ているだけじゃ変わらない。
そんなことはわかっている。前からわかっているんだ。
ストーカー上等じゃないか。
煙たがれて上等じゃないか。
なにもしないよりはずっといい。
何度己を鼓舞してきたかわからない。
何度同じ事を繰り返せば気が済むんだ。
その度に心が折れて中途半端に終わって、最後まで頑張れてもいないくせに1人でぐちぐちと腐ってバカじゃないか。
俺はあいつが好きなのに、とことん納得がいくまで話せるまで諦められるわけがない。
さっき見た昼ドラみたいにハッキリ言われるまでは、嫌われたくないけど、嫌われるまで突っ込むしか手はないじゃないか。
悪いことだけ考えるな、足がすくむ。
その結果うまくいく可能性があるんだから、頑張れ俺。
頑張れ。

「ちょっと外に行ってきまぁす」

ペットボトルの中身が無くなるまで浴びるように水をがぶ飲みし、床に転がっていた上着を掴む。
勝手に動くなと聞こえた気もするけれど、そこは聞こえなかったことにする。
外に出ると校舎がオレンジ色に染まっていた。
1人で見る景色としては最悪だ。
特に今はよくない。
夕焼けには切ない気持ちにさせられる。
思考は暗くなりギリギリで保っているのに逃げ出したくなる。
その上苦しくて胸が詰まっているのに虚しくて、なにもない、スッカスカで満たされない。
1人では絶対に埋められない思いに拍車をかける。
家族にも友達にも誰にも埋めることなんてできなくて、そんなことは絶対ないのはわかっているくせにたった1人がいないだけで世界に置いていかれ1人ぼっちの気分にさせられる。
胸糞悪いセンチメンタル。
その馬鹿げた感情が好きじゃない。
太陽の色から逃げるように視線を落とすと足元に伸びる一人ぼっちの影は少し前に比べてだいぶ短くなっていた。
夏になったら花火やプール、肝試し、2人で行きたいところがたくさんあった。
2人で作りたい思い出が、たくさんあった。
きっとおまえは部活でそれどころじゃねぇとか言うだろうな。
でも、少しでいいから、たまにでいいから、俺はそれでかまわなかなったんだ。
短い時間でいいから2人で一緒にでかけたかった。

「もういっぽーん!」

休みだというのに校内にはたくさんの人が残っていて、そこらから活気のいい声が聞こえる。
体育館からも、いつもと同じ音が響いている。
はやる気持ちとは逆に足が重い。
走り出したい足とは逆に頭は引き返したいと言う。
それでも頭も体もおまえに会いたい声が聞きたい触りたいと突き動かす、俺を。

(俺だって限界だ)

おまえを取り上げられて限界だ。
あっと言う間に目的地に着いた。
こんな近くに土方はいたんだ。
いつも、見える距離に。

「……よし!」

両頬を叩いて気合を入れ直し体育館に入った瞬間、熱気が体にまとわりついた。
ひときわ大きく迫る人の声、ボールの音、独特の緊張感。
俺は今から土方と対面するんだと全身に血がかけ巡った。
たくさんの人がいるにも関わらず黒い髪の好きな人はすぐに視界に飛び込み、俺の心臓を強く叩く。
瞬間、喉が張り付いた。

(土方)

入口からバスケットコートを一枚挟んだ反対側、奥に、その姿はある。
隠れている昨日までと違ってここなら俺の存在がわかるはずだ。

(深呼吸。一回深呼吸してから……)

心臓が鳴る。

「あ……」

気づけと心の中で念じる前に、振り向く土方と、目が、あった。
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