Gift
□その熱は落ち着かない
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「ただいま、ユリウス」
ドアが静かに開かれて、聞きなれた声がした。
「ああ」
私の元に「ただいま」なんて声を掛けて帰ってくる奴はあいつとこいつだけだから、と。
私は首を向けるでもなく、短い返事を返す。
「ちょっと見て欲しい物があるの。だからキリがいい所で手、止めてよね」
それにすぐさま返されたのは随分と浮かれた声。
嫌な予感が脳裏を過ぎった。
気になって、声がする方に顔を上げると何やら胸に紙袋を抱え、嬉しそうに私の返事を待ってる瞳とぶつかった。
まんまと引っかかってしまった私は、妙な気恥ずかしさに駆られて顔を背け。
止まっていた手を慌てて動かす。
暫くして、そんな無言の返しを承知とでも受け取ったのかアリスの微笑んだ姿が視界の端に映った。
【その熱は落ち着かない】
紙袋から出されたのは、赤いリボン、赤い紙に包まれた箱だった。
アリスは私の仕事机にそれを置くだけのスペースを作りだすと「これ、開けてみて」と私の手を箱へと導く。
こうなってしまってはもう仕方がないので手を止めて、開けてみると。
「アリス、お前こんなものどこで…………」
中には錆ついた工具があった。
「凄いでしょコレ。つい買っちゃったの」
…凄い?
これの何処をどう見たら凄く見えるんだ?
つい買いたくなるようなものじゃないだろう?
ただの錆の塊だぞ、これは。
「ん? どうしたのよユリウス、そんなしかめっ面して」
どういう意図かと思考を巡らせていたら、アリスに顔を覗きこまれた。
見返せば、その表情は私の感想を求めてると言ったところ。
「ユリウス?」
ますます訳が分からなくなった。
「はぁ…、お前はいつもフラフラと。そんなんだから悪徳商人なぞに引っかかるんだ」
あまりに考えつかず、口が勝手に零し出す。
「……え?」
だが、私を見るアリスの目が見開かれた。
そうか。
つまりはそういうことだったのか。
「工具を新調したかったのならば、そうと私に言えばいい。エースにでも頼んで買いに行かせる」
「えっ、やだっ、ちがっ…」
辿り着いた一本を除く全ての考えを停止させると私は"買う際に中身を確認せずに買ってしまった"のだと確信し、言葉を続けた。
「だからこれは返品しに…」
「ねぇ、待って。違うんだってばっ、ほらっ!」
アリスはそう言うなり、箱を閉めようとした私の手を遮ると中から錆びたスパナを手に取って、
ぱくっ
口に入れた。
「なっ!! お前、何やってるんだそんなもの口に入れたらっ…」
ぱきんっ
慌てて奪おうとスパナを掴んだら、割れてしまった。
「………………は?」
自分の手にあるものを見てみると、破片があるわけではなく細かく砕けたカスが。
アリスの口元を見てみればもぐもぐと動いている。
「ふふっ。これチョコレートなのよ。驚いた?」
呆気に取られていたら、笑い混じりにアリスはそう言う。
「…………ちょ、チョコレート」
「そう、チョコレート」
そう言われてから箱の中を見てみると、錆びの塊としか見えなかった工具がチョコレートに見えてくるような、見えないようなで。
「このスパナとペンチがか?」
どうも納得がいかない。
「じゃあその手にあるカスは何だっていうのよ」
アリスは私の手を取って口へと寄せた。
「おいっ、よせ………」
自分の掌を、指の間を、アリスの舌が這う。
その感触に顔が熱くなりだした。
「動かないでよっ、零れたら勿体ないじゃない」
「そ、それはそうだが…………」
「ん、美味しっ。高かっただけあるわね」
「…………高いのか」
「ええ、でもたまにはいいでしょ?」
「…………うっ、まぁそうだが」
「ユリウスはそのまま食べる? それともホットチョコレートにする?」
「…………どちらだって構わん」
馬鹿な話だと我ながら思うが、黙りこんでただ舐めとる訳でなく、値段やら品質やらの話をしながら舐めとり終えてくれたアリスに私は深く感謝した。
End.
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一応バレンタインデーものとして書いてみたのでフリー小説としております。
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