Novel


□時計塔へと続く道
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響く噂、惑う心臓


執務室から出発し、出くわした部屋に時々入室しては窓を覗いたから、かれこれ6時間帯程経過したのは知っている。
だというのに何故か依然として変わらず、俺の足が踏み締めるているのは綺麗に磨かれ光沢のある、やや見慣れた床。
両側に立つのは規則性のある柄模様が貼り付けられた、やや見慣れた壁。

俺はいくら歩いてもさほど変わることのないこの廊下とその先にいる者に、流石に少々飽きがきはじめていた。


「んーー。こっちかなぁ?」


廊下はこの先、分かれ道。

俺は耳を澄まして、より声が反響している方に曲がる。


「あの方の……をこのお城で挙げられるだなん…、メイドとして誇らしいわ…」

「ええ…、本当に。早く時間帯が決ま…ないかしら…」


すると、ぼやぼやとした話声が先と違い随分聞き取りやすくなった。

俺の前に人影は一つとない。

けど、そろそろ見えてくるはず。
これは近くに忙しそうに掃除をしながらも話に花を咲かせる使用人がまたいる証拠。

……ほら、やっぱり。

メイドが二人、廊下の奥で床を磨いてる。


「この調子で準備を進めれば…、600時間帯あたりに開かれるんじゃない?」

「そうね…、それぐらいかも。このお城はとても広いから…」


今、城では何処もかしこもこの話題でもちきりだ。

その話題の内容は『女王陛下がお気に召した余所者の結婚式をこの城で挙げようとお考え中だ』という噂から来ている。
何処の誰がそんな噂広めたんだ、と思ったら。
それを広めたのは陛下に王様、そしてペーターさんに俺という城の重鎮が集まったあの場で、運良く罰されずその場に残ることが出来た一人の兵士らしい、とさっき耳にした。

俺はその兵士に覚えがある。

執務室から俺が退室する時に、ただ一つ背中に向けられた羨ましげな視線。
別に構うことなんてなかったが。
どうしてだか気になってつい後ろを振り返ったその瞬間、見えそうな気がしたんだ。
不安そうに曇った顔が。

―――なんでなんだろ


「でも驚いたわ。噂が本当で…」

「肝心のお相手が臣下のホワイト卿でもエース様でもないというのに、ご自分のお城で挙式をしようだなんて…」

「女王陛下もあの方がよっぽどお好きなようね…」

「あんな命令を出されるくらいに…」


あんな命令、ね。
確かに前例はないよなぁ。

『この城の赤を一時的に少し減らす、白が入り込めるようにじゃ。勿論わらわの薔薇以外でな。気に入らぬ減らし方をした奴は極刑に処す』

まるで噂が"根も葉もない噂"となるのを防ぐかのように出されたこの命令。
おかげで噂はあっという間に"事実から来た噂"へと移行した。

―――なんでなんだ


「ふふ、私達役なしのカードでさえも、あの方が好きでこんな気持ちになれるんだから、きっと今の女王陛下の機嫌の良さは最高潮に達してるんじゃないかしら」

「ふふ、そうね。冷酷で残酷で…、心が凍っているみたいだと言われるハートのお城の私達がこんなにも浮かれてるんだもの」


くくっ、どれもこれも俺にはとんと解せないことばっかだ。
城内で仕事をするメイドも、城外で仕事をする兵士も、噂が広まってからはそれはもう楽しそうに勤しんでいる。

―――なんで、なんでなんで、なんで





あの二人が進めるべき話を、部外者が勝手に進めに進め。

この勢いだと"式は別に挙げなくてもいい。もし挙げることになったとしても、小さな教会かなんかで静かに挙げれればいいんだ"と言っていた二人のしみったれた将来は、間違いなく叶わぬ夢へとなるだろう。

ウチの女王陛下のお耳に入ってしまったばっかりに。

…でも、あの二人って押しに弱いし。
押しに押されて結婚式挙げることになりました、ってのは案外ベストなのかもしれない。


残念だけど、時間に意味がないこのめちゃくちゃな世界でもこればかりは時間の問題だ。






―――なんで俺は、こんなことをしてるんだ


「なんだか不思議よね。あの方がこの城に訪れるようになってからというもの、このお城は以前と違ってより生き生きしてる」

「ここを滞在場所に選んでくれなかったのが本当に惜しいわ」

「仕方がないわよ、誰だって好きな人とは一緒にいたいものでしょう?」


俺は減速していた歩みを元の速度に戻し、ぐんぐん進む。

メイド達と俺の距離はかなり狭まっていたが、それでも話声は止まない。
床を磨くその顔を上げなければ気付かない。
話声が反響するこの廊下だろうと、俺の足音は鳴っていないから。


「私、あの方に想われている時計屋が羨ましいわ」

「ええ、私も。だから是非アリス様のウェディングドレスの着付け役を任されたい」

「それは無理だと思うよ」


恍惚とした話声を、涼しい声で両断する。

途端にびくっとメイド達の身体が跳ね、顔が上がった。


「陛下がアリスを着せ替え人形にできる機会だって、楽しみにしてるからな」

「……エ、エース様」

「……お出かけでしょうか」


メイド達は震える足でその場を立ち上がり、じりじりと廊下の中央から端に寄りだす。
寄らなくとも優に通れる広さがあるというのに。


「ああ、時計塔に行って二人にお祝いを言いに。俺の知らない間に結婚話が浮上してるもんだからさー」

「……。そうですか」

「……どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」


俺は目の前に開かれた道を進んだ。





なんでって、ただ――――の為







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100106
改訂>100201.

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