Short Story 1

□おもいで
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枝にところせましと咲いていた桜の花たちも力を失い、ピンクの花びらが風に踊る頃
春休みの一日を二人で過ごした小狼とさくらは、夕暮れと共にその足を木之本家に向けていた。
さくらを家の玄関まで送り、後ろ髪をひかれるような思いでその場を立ち去ろうとした小狼はいつもならしない声に呼び止められた。

「ああ、よかった。李くんまだいらっしゃって」

玄関を開けて顔を覗かせたさくらの父親は、いつもと同じように優しく笑って小狼に言葉をかけた。

「桃矢君が急に帰れなくなったんです。ごはんをたくさん作ったのですが、食べていきませんか」
「あ、でも」
「小狼くん、これから夕食作るって言ってたよね」

すばやくそういうと、さくらは目の前にある小狼のシャツの裾をそっとつかみ、上目で父親の申し出を受けるように視線を投げる。

「ちょうどいいじゃないですか。さあ入ってください」

大きく玄関を開けると小狼に中に入るように促した。これ以上理由をつけて断るのも申し訳ないような気がして、小狼は家とは反対のほうに向いていた足を反転させた。

「もう少しでできますから」
「何か手伝いましょうか」

出されたスリッパに足を入れながら小狼は先を行く藤隆の背中にそう声をかけた。

「いえいえ、もう本当にあと少しなんですよ。李くんはさくらさんの相手をお願いします。」

そうきっぱりと言うとリビングの中にあるキッチンへと消えていった。
後ろに立つさくらの方を見ると嬉しそうな顔で、どうしたらいいのか困っている小狼を見ていた。
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