Short Story 1

□紫陽花
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霧雨のような雨が、厚くて灰色の雲を抱える空から降り注いでいた。
蒸し暑さと、肌にまとわりつくような湿気が不快感を増してゆく。
この程度の雨なら傘を差すまでもないか、そう思いながら、慣れ始めた通学路を自宅へと帰っていると、同じ学校の制服を着た女の子が、通りに面した公園を楽しそうに覗き込んでいた。

「さくら」

その女の子の名前をつぶやくように言ったのに、その声に気がついたかのように自分のほうに振り返った。

「小狼くん」

遠くからでもわかるぐらいはっきりと自分の名前を呼び、嬉しそうに手を振る。ひまわりみたいな笑顔。そこだけ梅雨空から切り取られたみたいに、太陽の光を感じる。

「何してるんだ?」

さっきよりも歩幅を大きくして彼女の側まで歩み寄る。ニコニコして、自分の到着を待つ姿、ほんの数ヶ月前までは夢の中でしか会えなかった彼女がそこにいる。

「あのね、紫陽花見てたの。すっごく綺麗だよ」

公園に植えられた紫陽花は枝ぶりもよく、鞠みたいな花を咲かせていた。
水色、青、紫、赤
いろんな色が混ざり合うように咲く花が、どんよりとした曇り空に生える。

「紫陽花さんってたくさんお花が咲いていて可愛いよね」
「ああ、でも花に見えるけど本当は額なんだぞ」
「がく?」
「花の回りについてる奴だよ、本当の花は小さい。種もできないし、自分の力では繁殖できないから、人間の手で植えるしかない植物だ」
「へー、そうなんだ。小狼くんって物知りだよね」

言ってしまった後で少しだけ後悔した。せっかく花だと思って眺めていたものを、真っ向から否定するなんて、興ざめしてしまったのではないだろうか。

「あ、でもさくらも一つだけ知ってるよう。」
「なんだ?」
「紫陽花さんはね、お花じゃなくてもとっても綺麗だってこと」

鼻歌でもでそうなぐらいに嬉しそうな顔でその花を見つめる。

「そうだな」

公園の一角を彩る紫陽花。花ではなくても人の心を和ませることに変わりはない。
こんな時いつも思う、彼女には一生かなわないんだろうって。
どんなものでも素直に受け止める心
願って止まない、いつまでも変わらないでいてほしいと。

「あ、雨」

霧雨が次第に粒をなして、紫陽花の緑色の葉を揺らしては流れていく。

「さくら、傘は?」
「ん?」
カバンの中から折りたたみの傘を出し、広げながらその様子を嬉しそうに見ているさくらに声をかける。

「忘れちゃった」

広げた傘に音をたててぶつかる雨粒。二人で同じ傘の中に入ってその音に耳を傾ける。
雨に濡れる紫陽花がその色をさらに鮮やかにして、俺たちのことを見ていた。

Fin
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