Short Story 1
□大切な友達
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大切な友達 〜日本から香港の友に
3月になり肌寒かった気温もだんだんと春に近づく準備を始めたのか、日中は汗ばむような陽気が続いていた。
暖かな陽気に後押しされるように、晴れやかな顔が友枝小学校の校庭には並んでいた。
卒業式を終えた生徒たちは胸になでしこの造花を挿し、手には卒業証書を抱えている。
そして、背中には今日で使われることがなくなるだろう指定のランドセルが掛けられていた。
「さくらちゃん。中学校の制服届いた?」
「まだだよ。今週末には取りに行くけど。」
「楽しみだよね。中学校」
さくらを中心に知世、利佳、奈緒子、千春の仲良しグループは来月半ばには始まる新しい生活の話で盛り上がっていた。
みんな少しだけ顔が赤いのは、先生や学校に会えなくなるのが少しだけつらくなって泣いてしまったから。
「さくらちゃん、制服が届きましたら、ぜひご連絡ください。さくらちゃんの初めての制服姿をビデオに収めなくては。」
「ほえーー」
「そういえば、さくらちゃん、卒業アルバムご覧になりました?」
「え?少しは見たけど・・・。」
「見た見た!」
菜緒子が身を乗り出すように話に加わる。
「なでしこ祭のお姫様の写真、李君といっしょにすっごく大きく載ってたよ。」
「/////」
さくらは真っ赤になって今にも逃げ出したい気分になっていた。今日渡された卒業アルバムの中にその写真があったのは当然知っていた。
最初見たときにも顔から火が出るんじゃないかと言うぐらいびっくりしたから。
想い人との二人だけの写真が卒業アルバムに載るなんて、驚かないほうがおかしいと思う。
「そういえば私、小狼くんの写真って持っていないんだよね・・・。」
卒業式の後の友達同士の話も一区切りつき、知世と二人最後の通学路を歩いていたとき、さくらはひとりごとのようにつぶやいた。
二人の前ではさくらのお父さんと知世の母親がいつものバトルを繰り広げていた。
「そうなんですの?」
「ほら、知世ちゃんが撮ってくれたビデオはたくさんあるんだけど、写真は小狼くん嫌いみたいだから・・・。」
小狼に最後に会ったのは夏。秋を超え冬が過ぎ、春になっても手紙と電話のやり取りだけで会うことはできずにいた。
冬休みも忙しいらしく日本に来るという話も出ないまま過ぎていった。
この春休みも小狼は忙しそうで「日本に遊びに」とは言えない雰囲気だった。
「どんなになってるのかな。」
記憶にあるのは半年以上前の姿だけ、今はどんなになっているのかわからない。
(この前聞いたときにはずいぶんと身長が伸びたと言っていたけれど。)
さくらはピンク色の芽を膨らませかけている桜の木を見上げた。
卒業式から一週間後、さくらはようやく届いた友枝中学の制服を着ていた。
目の前にはいつもよりさらにうっとりとした表情でビデオカメラを覗き込む知世の姿。
「さくらちゃんの制服姿を一番最初に見られるなんてしあわせですわ。」
「ほえーーー」
照れる桜の姿も逃さないように前や後ろ、あらゆる角度からビデオに収める。
「本当にお可愛いですわ。そう思いませんことケロちゃん」
いつものこととばかりに、先にお菓子を食べていたケルベロスは突然の問いかけにのどを詰まらせる。
「見た目は中学生に見えるかもしれんが、中身はなー。」
「ケロちゃん!!」
握りこぶしを震わせて、ケルベロスの目の前にあるお菓子のお皿を取り上げる。
「ケロちゃんはたくさん食べたから、後は知世ちゃんと私のね!」
「そんな、せっしょうなー」
羽をばたつかせてさくらに追いすがる、いつもの光景。
そんな午後の時間を終えて帰宅した知世は、早速今日撮ったビデオの編集をしようと、自宅にある編集室へ向かった。
今日のさくらは、初めて着る洋服に緊張しているのか、始終「似合ってる?」「スカートの長さ大丈夫かなー」と心配そうな声を出していた。
その姿がまたかわいらしくビデオには写っている。
中でも一番の笑顔で写っていた場面で編集の手を止めた。
「そうですわ・・・。」
その場面を切り取るように印刷ボタンをクリックする。
写真サイズに印刷された画像を手に取り自分の部屋に向かった。
知世は机の中から封筒と便箋を取り出すと、短い手紙を書いた。
李 小狼様
お元気ですか。
中学の制服を着たさくらちゃんです。
私が独り占めしておくのは申し訳がないので。
大道寺 知世
手紙と写真を同封してゆっくりと封をする。
明日投函するのを忘れないよう机の上においた。
受け取った時の小狼を想像して知世はくすりと笑った。
数日後、香港の小狼に届いた手紙。
真新しい制服の中で微笑む少女の写真は小狼を頭の先からつま先まで真っ赤にした。
「ありがとう」
小狼はそうつぶやくと写真を大切に机のなかに収めた。
→続く