Short Story 1

□つないだ手から
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中学二年になり、「中学生」と言う響きにもなれたころ、桜の花と一緒に小狼くんは日本に帰ってきた。

それから1週間、満開だった桜も、アスファルトの上をピンク色に染め、枝には新緑を芽吹かせていた。

 小狼くんとはクラスが離れてしまい思うように会えない。

「今朝も会えなかったな」

今日は所属するチアリーディング部の朝練習があったために、小狼とは一緒に登校できないでいた。

(本当にいるよね)

小狼のクラス2年1組の教室を覗き込むようにして、思い人の姿を探す。
窓際の一番後ろの席で本を読んでいた。その表情は真剣そのもの

(小狼くん、おはよう)

心の中で声をかけた瞬間に目が合った。
『おはよう』
声はしなかったが、動いた口がそういっていた。
見ていたことに気づかれたのが少しだけ恥ずかしくなって、顔が赤くなるのがわかる。小さく手を振って足早に教室に向かった。

「おはようございます。さくらちゃん」
「ほえー ////」

教室に入る一歩手前で聞きなれた声にびっくりさせられた。
「今日も李君とは登校できませんでしたのね・・・」
ほう。
ため息をつきながら知世ちゃんはすごく残念な顔をしていて
「うん、そうなの」
そういう自分もなんだか沈みそうになる。

小狼くんと一緒に登校したのは、初めて学校に来た初日だけ。

それから一週間、部活があったり、用事があったりして朝も帰りも一緒になれない。

今日は明日テストがあって部活はない。一緒に帰れるチャンス。

(今日こそは休み時間にでも小狼くんのクラスに行って「一緒に帰ろう」て言うんだ!)

「さくらちゃん、今日は日直ですわね」
「そういえば、黒板消さなきゃ」

(一時間目が終わったらいけるかな?)

そんなことを思いながら、黒板に向かって日直の仕事をした。

(今日こそはと思ったのに)

休み時間ごとに教室に行ってみたのに
小狼くんの姿を見つけることができなかった。
授業も無事終了してクラスのみんなは我先にと帰っていった。
机の上に広げた日誌に今日の出来事と明日の予定を書き込んでゆく。

「知世ちゃん。もう終わるからね。」

前の席に誰かが座る気配がしたので、職員室に行った、黒髪の優しい友達が帰ってきたのだと思った。

「大道寺を待ってるのか?」

久しぶりに聞く小狼くんの声
顔を上げると視線がぶつかる。

「どうして」
「さくらがいたから。」

持っていたカバンを机の上に置くと椅子を引いて横向きで座った。

少しだけ高い位置に小狼くんの顔がある。

初めて彼の顔を近くで見た。

小学校の時とは違う声。
茶色の髪や優しい瞳は変わらないのに
そのすべてが知らない人みたいに思える。

こんなに近くで話をするのは、小狼くんが香港に帰ってしまってから初めて。

「大道寺は?」
「職員室に・・・。先生にご用がるからって」
「そうか」

顔が見れない。
うつむいて話をするのが精一杯。

「さくら、ここ漢字間違ってる。」
「ほえ?」

日誌の中の漢字を挿して教えてくれる。
その指がとても綺麗に見えた。

「これってどんな漢字だっけ。」
「こう」

手の中にあったシャーペンを取ると、間違えていた部分を書き込んでくれる

(まつげ長い)

すぐ近くにある小狼くんの顔。何回も見たことがあるはずなのに。

茶色の髪がゆれる。

(さわってみたい・・・)

髪に触りたくなって、と手を出した。

会えない間にどれだけ変わったんだろう。
あのころはいつも後ろの席にいた。
何かあればすぐに話ができた。

会えない時間の壁が大きくて、今はまだ顔を見るのもどきどきする。
何を話せばいいのか頭の中で言葉を探す。

出した手を引っ込めて赤くなってしまった顔に当てた。

「今日、朝『おはよう』って」
「あいさつしてくれたから」

ちょっと照れたような笑い。

「声。出さなかったよ」
「でも、聞こえたから」

声に出さなくても伝わる気持ちがある。小狼くんはわかってくれる。

「大道寺。遅いな」

本当はもっといろんな話がしたい。
会えない間にいろんなことがあった。
楽しいこと、悲しいこと。
手紙やメールでは伝えきれなかったこと。

「あの、あの、小狼くん。」
「なんだ」
「う、う、腕相撲しよう!!」

なに言ってるんだろう・・・。
本当はこんなこと言いたいんじゃないのに。
変なこというと思われたかな。

「うでずもう」

ほんの少しだ困ったような顔をしたけど
日誌を閉じて自分の座った机のほうにやる。
袖口を少し上げてひじをつけるとゆっくりと構えた。

「これでいいか?」
「う、うん」

構えた手にそっと手を重ねる。
暖かい・・・。
重なった手から暖かさが伝わってきた。
ぐっと力を込めて

「レディ・ゴー」

そう自分で掛け声をかけて手に力を込めた。でも、小狼くんの手はびくともしない

「なんで」

悔しくなって開いたほうの手を重ねてさらに力を入れる。

「反則」
「だって、ぜんぜん動かないんだもん。」

少しだけ傾いたけど、そこから先には進んでいかない。

「時間切れ」

そういうとちょっとだけ力を込めた感じなのにあっという間に両腕が右に倒れこんだ。

「あー、負けちゃった」

二人でちょっとだけ笑た。

「やっぱり強いね。」
「さくらより弱いと困るから」
「魔力はまだ上だもん。」
「ちょっとだけな」

笑いながら日誌を渡してくれた。

「さくらちゃん、李君」
「知世ちゃん!遅かったね。」
「じゃ、俺は」

小狼くんは席を立って教室を出ようとする。
本当は一緒に帰りたい。

「さくらちゃん、実は先生とのご用事が終わっていませんの。待っていただくと遅くなりそうですので、そのことをお伝えしに来たのですが。ちょうどよかったですわ。李君、さくらちゃんをお願いしますわね。」
「でも」
「日誌は私が持っていきますから。お二人でお帰りください。また明日」

そう言って私が持っていた日誌を持って教室をっ出て行った。

「どうしよう」
「待つか?」

きっと知世ちゃんは小狼くんがいたのを見て気を使ってくれたのかな。
私の気持ちを知っているから。

「小狼くんは一緒に帰るのいや?」

小狼くんは赤い顔を左右に振る

「じゃあ、一緒に帰ろう。」

机の中のものをカバンに詰めて隣に立つ。隣を歩きながら教室を出た。

隣に立って横を見ても見えるのは制服のネクタイ。
少しだけ顔を上に向けるとまだ赤い顔をした小狼くんがいた。

初めて学校に来たときは知らなかった。遅刻しそうで二人で走ってきたから。

そばに立つだけで自分の鼓動が小狼くんに聞こえるんじゃないかと思う。

ドキドキ。どきどき

鼓動だけが聞こえる。

「今、住んでるところって前といっしょのマンションだよね。」

前にに言っていたことを確認する。

「階は違うけどな。今回は7階の一番端」
「そっか。また遊びに行ってもいい?」
「ああ。引越しの片付けまだ終わってないから。片付いたら」

先週まで桜並木が続いていた道。二人でいっしょに走った。

「さっき、腕相撲したとき手が暖かかったの」

立ち止まってあふれてきそうな思いを口にした。

「小狼くんここにいるんだな。って
夢じゃないんだなって。本当に思ったの
日本に帰ってきてくれてありがとう」

「うん」

それ以上のことは何もいわなかったけれど
そっと手を差し伸べてくれた。

(手をつないでもいいということだよね。)

その手を取って隣にならんだ。

触れる指先がしびれるよう
暖かな手から伝わる想い。

これからはずっと一緒

つないだ手が離れないようにゆっくり歩く。
明日も、明後日も、遠い未来も一緒に歩けるように

いつまでも




→あとがき
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