Short Story 1
□声
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ゴホ、ゴホ
お電話の途中で何度目かの咳
季節は夏から秋に移る途中。朝晩の冷え込みも大きくなって、冬はもうすぐそこ。
「小狼くん、お風邪引いてるの?」
「いや、そういう訳じゃやないんだ」
ゴホ、ゴホ
お話しするのがすごくつらそう。
「あっ、お兄ちゃんが呼んでる。小狼くんまた、お電話するね。」
「あっ、さくら」
携帯電話のボタンを押して電話を切る。
さっきやっとのことでかけた電話だったのに。
小狼くんのことだから風邪だとしても、お話してくれるんだろうけど。
「俺がどうしたって?」
ドアを開けてぬっと顔を出すお兄ちゃん。
「なんでもない。それよりどうしたの?」
中学生になってから、お兄ちゃんはめったに私の部屋に顔を出さなくなった。バイトと大学で忙しいのも理由のひとつだけれど。
「黄色いのどこ行った?雪も来てるし、一緒に飲もうと思ったんだけど。」
「ケロちゃんならお風呂じゃないかな。寒いからあったまってくるなんて言ってたし。」
「怪獣も早く風呂行って寝ろよ」
「さくら怪獣じゃないもん」
ガチャン
(なんだか、仲がいいんだよね。お兄ちゃんとケロちゃん)
たまに、お兄ちゃん、雪兎さん、ケロちゃんの三人でお酒を飲むことがある。
そんなときはケロちゃんの関西弁が夜遅くまで兄ちゃんの部屋に響いている。
「あー、あー、今日はゆっくりお話できると思ったのに。」
さっきの電話を思い起こしてすごく残念な気分になった。
(でも、お風邪が悪くならないといいな)
着信 −李 小狼
携帯電話の着信音とその相手を見て飛びついた。
「もしもし」
前の電話から一週間、その間風邪の具合が気になったけど、ぐっと我慢していた。
だから嬉しくって、受話器越しの声を待った。
「もしもし、さくら?」
少し低い声。小狼くん??
「あの、えっと・・・。」
「ああ、声が違う?」
「う、うん」
「変?」
「えっと、えっと・・・。」
聞きなれた声からは想像がつかないような張りのある声。低くて艶のあるような・・・。
「びっくりしちゃって。」
それ以外の言葉が出てこない。
確かに中学生になって男の子たちの声がだんだん低くなって、大人に近づいているのは感じていた。でも、それは徐々に完成された声になるから。
それに、こんな声で耳元で話されると・・・。
「この前から、徐々に始まってたんだけど、やっと落ち着いたよ」
「う、うん」
「この前のも風邪じゃないから」
「うん」
携帯電話を持つ手まで、顔と一緒に赤くなる。
電話の向こうにいるのは小狼くん、わかってるんだけど、知らない人みたいな声がささやくように名前を呼ぶ。
「さくら?」
「あの、あの、風邪大丈夫?
じゃ、なくて、じゃなくて・・・。えっと。えっと」
「おい、どうしたんだ」
「あの、あの、ごめんなさい」
携帯電話のボタンの手を見てはっとする
(切っちゃったよ!せっかくお電話くれたのに!!)
もう一回かけようとして手を止める。
聞きなれない声が名前を呼ぶ
『さくら』
その声を思い出すだけで顔が赤くなる。
どう言ったらいいんだろう。
すごく、すごく・・・。
傍で鳴る電話に何回も深呼吸してから出る。
着信 −李 小狼
「ごめんなさい」
出た瞬間に謝る。小狼くん、何も言わない
やっと、絞り出すような声で聞いてきた
。
「この声、嫌か?」
「そうじゃないの、嫌とかじゃなくて、むしろ逆なの」
呼ばれた名前が心地よすぎて、何も考えられなくなっちゃった。
「突然、小狼くんの声が変わっちゃって、違う人みたいで、でもぜんぜん嫌じゃなくて、むしろずっと聞いていたい声で、でもでも・・・・」
最後の方は自分で何を言っているのかわからない。
「よかった」
すごくほっとしたような声、それを言う顔も容易に想像できた。
「嫌になったかと思った」
私が電話を切ったりしたから不安にさせてしまった。
本当は声を聞くだけで胸がドキドキする。
「嫌いになったりしないよ、だって小狼くんだから・・・」
どんな声になっても『小狼くん』は『小狼くん』私の一番好きな人。
「慣れるまで時間かかるか?」
「う、うん多分・・・」
「じゃあ、早く慣れるように毎日電話しようか」
「え、そんなことだめだよ!」
「冗談」
「でも、早く慣れるようにがんばるよう」
大好きなあなたの声
電話越しじゃないあなたの声
いつか傍で聞きたいな。