Short Story 1

□髪
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サク、サク

ぱらぱら

カチャン

「さくらちゃん。もう少しうつむいてくださいますか?」
「うん、こう?」
「そう、そこで止まって下さい。」

サク、サク

春の日差しが降り注ぐ、木之本家の庭はにわか美容室になっていた。

数ヶ月に一度、大道寺知世が美容室の道具にも負けないような一式を携えて家にやってくる。

髪を切るお客は木之本桜ただ一人。

彼女のためだけの美容室。

小学生の頃から同じ髪形をしているように見えるが、実は季節ごとにその長さや、髪のボリュームなどを変えている。そのことがわかるのは、本人と一握りの人だけ。

「知世ちゃんて本当に何でもできるよね。お勉強もできるし、お洋服も作るの上手だし、髪だって切るのとっても上手」

襟元にさらさらと落ちる蜂蜜色の髪。
細くてやわらかい。

「そんなことありませんわ。髪を切るのはさくらちゃんだけですし」
「ほかの人も切ってあげればいいのに」
「いえ、さくらちゃんをかわいくするのが私の役目ですから。さて、前髪どうしましょうか。」

全体の形を整えあとは前髪を残すのみとなっていた。

「うーん。春になったし、短め?」
「そうですわね」

目にかかるぐらい伸びた前髪にはさみを入れると目を閉じた桜の長いまつげに小さな髪がぱらぱらとかかる。

「こんな感じでどうでしょうか?」

少し大きめの二面鏡を抱え、切ったばかりの髪を見せる。

「さすが知世ちゃんだね」

鏡に向かい少し後ろを向いたり、角度を変えたりして確認したさくらはその出来栄えに満足していた。

「そろそろ出ないと、映画に間に合わなくなるぞ。」

庭に向いて大きく開いたリビングの窓から、小狼が待ちくたびれたような声をかけてきた。

「もう、そんな時間なんですのね」

日曜の昼下がりから3人で映画を見る約束をしていたが、その前の時間を利用してさくらのカットをしていたのだ。

「もう少しお待ちください。お顔に髪が残っていますの」

椅子の脇にあったカバンの中から柔らかなブラシを取り出すと、そっと顔についた髪を払ってゆく。
首に巻いて、髪の進入を防いでいたタオルを取ると慎重に首周りを払ってゆく。

そのブラシの動きにあわせるようにうつむいたさくらの襟元を少し広げ、中に髪が残らないように優しく払う
その時、知世の手の動きが止まった。
背中の首元から少し離れた部分にその視線を注ぐ。

小さな赤い跡

「知世ちゃんどうしたの?」
「いいえ、何でもありませんわ」

洋服の襟を戻しブラシをカバンに戻す

「小狼くん、どうかな」

椅子から立ち上がると『くるり』と一回転して
見せる。短めのスカートがそれにあわせてふわりと舞う。

「似合ってる、早く用意しろよ」

出来上がったばかりの髪にそっと手を置いて優しく笑った。

「うん、ちょっと待っててね。知世ちゃんありがとう」

道具をカバンにしまう知世にそう声をかけると桜は駆け足で二階に向かった。
知世が片付けの終わったカバンを持とうとすると、小狼の手が伸びてきた。

「部屋に入れればいいのか」
「はい。」

カバンを持って木之本家のリビングに入る小狼の後ろで、知世は大きなため息混じりにつぶやいた。

「残念ですわ。今日新しいお洋服をお持ちしたのですが、さくらちゃんに着ていただくことができませんのね。」
小狼はその言葉の意図がつかめない様子で少し後ろに立つ知世の顔を見つめた。
不思議顔を浮かべる小狼を見ながら、くす、と笑うとそのあとの言葉を続けた。

「暖かな春の日差しですから、少し胸元の開いた物をご用意しましたの、今日着るとちょっと見えてしまいますわね」

言葉の最後にあわせて肩の部分を指差す。そのときになって知世が何を言おうとしているのか理解したのか、小狼は顔を赤らめ固まってしまった。

「これかの季節は、もう少し下にお願いいたしますね」
「/////」

さらに固まってしまった小狼の後ろから話題の中心になっていた桜が顔を出した。

「何のお話??」

固まった小狼の顔を覗き込みながら、翡翠色の瞳を向ける。

「何でもありませんわ。さくらちゃんがとってもかわいいと言うお話しをしていましたの。」
「ふーん」

少し疑いのまなざしを向けながら、小狼の手を取ると『急ごう』と玄関へと誘った。知世の手にはいつも通りのビデオカメラが携えられている。

外は春の日差し、柔らかな光と同じような知世の眼差しは、二人のむつまじい姿をいつまでも追い続けた。



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