Short Story 1
□香り
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昼下がり。
食事も終わった教室には楽しそうな話し声と笑
い声がこだまする。
「はー。お腹いっぱいで幸せだよう。」
お弁当の包みを結びながら、さくらは幸せそうな声を上げた。
「さくらちゃんのお父様はお料理上手でいらっしゃいますから。」
「うらやましいよね。料理上手のお父さん」
知世と奈緒子が幸せそうなさくらの顔を見て笑いながら言った。
星条高校1年3組の教室の片隅。
四つの机を合わせ、その周りを囲むように小学校からの仲良しさくら、知世、千春、奈緒子、利佳は座っていた。
いつもならここに、小狼と山崎が加わったりするのだが、今日はなぜかその二人の姿は見られない。
「ねー、ねー、見てよ。」
空になったお弁当を仕舞い、代わりにカバンから取り出したのは、昨日発売のティーン向け雑誌。
その見開きの広告ページを指差しながら、少し興奮した様子で千春は言った。
「『甘い香りで彼の心をキャッチ』、だって」
黒髪のかわいらしい少女が手にする小瓶、新発売の香水の広告だった。
「どんな香りがするんだろうね。帰りに探してみようか」
「こんな書きかたされると、気になるよね」
雑誌を覗き込み、『彼の心をキャッチ』するのがどんな香りなのか思いをはせる。
「楽しそうだな」
雑誌を覗き込むようにしていたさくらたちの頭上から、今日はじめて聞く静かではりのある声がした。
「小狼くん」
さくらはその声を聞いたとたん、ご飯を食べたあとと同じような幸せな顔で、その声の持ち主の名前を呼んだ。
「お仕事終わったの?」
朝から家の仕事でお休みと聞いていたので、今日は一日会えないと思っていたさくらは本当に嬉しそうに聞いた。
何時間かぶりに会った小狼の顔をはにかむように見ながら、さくらは小首をかしげた。
「小狼くん、甘い香りがする。」
後ろに立ちさくらを見下ろす形になっていた小狼は襟元をつかまれ、引き寄せられた。机に手を突き自分の体を支えるが、さくらはお構いなしにその首元に顔を寄せる。
「何の香りだろう・・・。」
小狼のいつもと違う香りが気になるのか、周りの目などお構いなしにその首元にさらに顔を寄せる。
「さくら・・・。みんな見てる」
少し顔を赤らめながら襟元のさくらの手を解く
さくらはそのときになって、初めてクラスメイトたちの視線が自分に注がれていることに気づき、小狼よりもっと赤い顔をしてうつむいた。
「だって、気になったんだもん」
小狼に似つかわしくない甘い香り。どちらかと言うと大人の女性の持つようなその香りがどこでついたのか、気になってしまったのだ。
「まだするのか。一応着替えするときにシャワーしてきたんだけど」
自分の袖口のにおいを確かめて、眉を寄せた。
制服のポケットから取り出したのは今まさに見ていた広告の品。
「この商品の発売イベントに行ったから移ったんだな」
小瓶を目の前に差し出され手に取るとその香りを確かめる。
甘い甘い香り。
確かに小狼からしたのと同じ香りだ
「いい香りだね。」
「さくらには合わないけど」
恋人たちの会話を横目に見ながらクラスメイトたちはささやきあう。
「ねえ、知世ちゃん。李君から香水の香りなんかした?」
「いえ、私にはわかりませんでしたが」
「だよね」
「すごいね。」
「好きな人の香りですから・・・」
−甘い香りで彼女の心をキャッチ
その後星条高校ではその香水『広告に偽りなし』とうわさになり、大勢の生徒が買い求めたとか。