Short Story 1

□お帰り
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カチャ、カチャ、食器を片付ける音が朝早いリビングに響いていた。

「小狼くん強くなったよね」
「さくらに結界破られるようじゃ。まだまだ」

台所に立ち食器を片付ける小狼を眺めながら、両手でお気に入りのマグカップを包み込み口元に運ぶ。
紅茶のふくよかな香りが鼻先をかすめ、口の中に爽やかな味が流れ込む。

「でも、ファイトには勝ったでしょ。」
「あれは勝ったとは言わなくて、隙を突いただけ。」
「うーーん。そうかなー。」

ひとしきり今朝あった事を話しながら朝食の片付けを済ませた小狼はさくらの前に座ると、自分も紅茶を飲み始めた。

「今日は午前中部活?」
「うん、夕方は食事当番があるんだけれど、小狼くんは?」
「用事はないけど、課題とかできることしようかと」
「じゃあ、午後からお出かけしようよ」
「いいけど。昼は?」
「お兄ちゃんバイトだし、お父さんもいないから一人だよ」
「じゃあ、作るから食べてでかけるか?」
「うん」

最後の一口になっていた紅茶を口の中に入れて、時計に目を向けると、ちょうど8時30分。今出れば、部活には余裕で間に合う。
さくらの視線の意味を察知したのか、小狼は立ち上がるとソファーのところに置いてあったカバンではなく、部活用の袋を手にとって玄関のほうに向かう。

「お昼のリクエストは?」
「オムライス。ふわふわ卵じゃなくて、まいたやつ!!」
「了解」

さくらは玄関クロークからコートを取り出し袖を通す。朝はしっかりと閉めていたボタンをまた留めて、外の寒さに備える。

「じゃあ、帰り待ってるよ」

手にしていたさくらの荷物を渡しながらそう言うと、さくらは赤い顔をして首に巻いたマフラーに顔をうずめてしまった。
小狼の部屋には何度も遊びに来て、部屋から帰ることもある。
でも、部屋を出てまたここに帰ることはもちろんはじめてで、さらに小狼から『待っている』などという言葉をかけてもらうなんていままで経験したことはない。
いつか、小狼と一緒に住むようになれば日常のように繰り返されるかもしれないその行為がさくらの顔を自然と赤くさせた。

「なんか、一緒に住んでるみたい。」

さくらの口から出た言葉の意味を理解して、同じように顔を赤らめ玄関で見つめあう。
どちらともなく照れ笑いを浮かべそこから離れがたくなっていた。

「じゃ、じゃあ、行ってきます」
「あ、ああ、いってらっしゃい」

そういったものの小狼の手にはさくらの荷物がまだ残っていた。

「さくら、忘れ物」

玄関のドアノブにかけた手を引っ込めて振り返る。
自分の荷物を受け取るともう一度小狼に笑顔を向けた。

「もうひとつ」

その笑顔を右手で捕まえるとその頬に唇を落とす。

『行ってらっしゃい』
『お帰りなさい』
何気ない一言が当たり前になる。
そんな日々がいつか来ることを夢見てる。


おわり
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