Short Story 1

□手紙〜from shaoran
1ページ/3ページ

「小狼様。お手紙が届いておりました」

玄関を通り抜け、帰ったことを伝えに一直線に行った母上の部屋から出ると、ドアの脇に立つようにいたメイドの一人がそう声をかけてきた。最近ではよくある光景となったそれ、手渡されるのはいつも同じ人物からの手紙。
一週間に一度は届く、その薄ピンク色の封筒を受け取るときはいつも照れくさい

「ああ、ありがとう」

そう言いながら受け取った手紙に首をかしげた、2,3日前にも手紙を受け取ったことを思い出したから。
さくらからの手紙は週に一回。
その週にあったことを一生懸命に書いてくれている。
読むたびに日本のことが思い出されて、伝えてくれようとするさくらが愛しくて、幸せな気持ちになる。

いつもの手紙と違う様子に何かあったのではないかと不安がよぎる。
先週話をしたときには、いつもと変わらない声と様子だったのに。

ペーパーナイフでゆっくりと封をあけ、丁寧にたたまれた手紙を開いてみた。
-何もなければいいんだけれど
そんなことを思いながら、少し丸めの見慣れた文字を目で追う。

読み進めるうちにだんだんと体温が上がってくる。
広い部屋の中でその手紙を前に一人赤くなってしまった。

『すごく変なこと書いちゃいました。でも、なんだか嬉しくてついお手紙に書いてしまいました。ごめんなさい。
今度はもっとちゃんとしたお手紙にします。

さくらより』

最後の一文を読み終えた後、きっと大道寺の母上との買い物が嬉しくて、つい書いてしまったんだな。とさくららしい行動に口元が緩む。

嬉しいこと、たのしいことを伝えようとする気持ちが嬉しい反面、その内容があまりにも自分を男としてみていないようでどう対処していいのか困ってしまう。
でも、一生懸命に書いた手紙はやっぱり嬉しくて、その返事を書こうかどうしようか頭を悩ませる。
きっと電話では何もいえない。
いつもの手紙の返事でもさくらの半分もいかないなのに、こんな内容の手紙にどんな返事をすればいいのか・・・。

手紙を机の上に置き、火照った体を冷やすように服を着替える。
薄ピンクの便箋が、机の上で浮き出るようにその存在を主張する。

着替えをする間も考えていた返事。長い言葉を書き綴るのは苦手に近い。簡潔明瞭に物事を伝えることを日ごろから求められているせいだろう。
自分の気持ちを伝えるのは簡単な言葉で済んでしまう。

よくわかるよ。

彼女のそばにはもういない母親と自分にもいない父親。
思いがけず体験した母親のような人との買い物。きっと自分も父親のような人と楽しい時間を過ごせたなら、さくらに報告してしまうだろう。
そんな幸せを知ってもらいたいと・・・。

机に座って返事を書くための便箋を取り出したとき、青い絵葉書が目に入った。
オレンジ色に染まりつつある空の中に描かれた飛行機雲。
あまりにも綺麗で、手にとってしまったはがき
日本の秋空と同じように抜けるような空
こんな当たり前の風景をいっしょに見ることができるのはいつのことだろう。

香港に帰ってからの日々は単調で、ずいぶんと長い時間をすごしたようにも感じるが、まだ二ヶ月
日本に帰れるのはいったい何時になるのかそれすらもわからない日々が続く。

手に取ろうとしていた便箋の代わりに机の上にそれを置く、最近になって書きなれてきた住所を上に書き、その下に名前を書く
春を思わせるその名前を書くたびに思出だすのは、彼女の笑顔で少しだけ頬が熱くなる。

『手紙ありがとう
 元気そうでよかった
 楽しい買い物の話、さくらの気持ちが伝わってきた。
 学芸会の準備大変そうだな、うまくいくことを祈ってるよ

 李 小狼』


その下の大きな空白にありきたりの言葉を埋め込んで完成させた手紙。
いつか小さな幸せもいっしょに語り合える日が来るときまで
書ききれない言葉が伝えられる日がくるまで
変わらない気持ちが届くように君に送ろう。


おわり
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ